(ヒロイン:患者)


日向は驚いた。
その日の彼は残業があり、まだ新人の日向にとっては少しの残業でもくたくたになる、そんな日。別棟にあるロッカールームで着替え、さぁ帰ろうかと入院棟を通って自転車置き場に行こうとしていた時だった。
普段は定時きっかりに病院を出て、緊急時以外、業務時間外に病院にいることがないあの月島蛍がそこにいたからだ。日向の記憶では彼は2時間前に「帰る。何かあったらコールして」そう言って病院を離れたはずだ。その彼が何故病院に?しかも普段着ている白衣やその下に着ているスーツではなく私服だ。忘れ物でもあったのか?いや、あいつはそんなことで病院にわざわざ戻ってくるような奴ではない。日向は物陰に隠れながらぶつぶつと呟いていた。


「気にならないほうがおかしいだろ」


月島が入院棟のエレベーターに乗り、止まった階は6階・・・6階?日向は何でこの階なのかわからず、次のエレベーターに乗るべくボタンを押した



「おやおや、3階のおチビちゃんが何でここにいるのかな?迷子?」
「黒尾さん!迷子じゃないっすよ!!あ、えーっと・・・月島、ここに来ませんでした?」
「ツッキー?なに?緊急?」
「いや、月島が業務外に病院いるのが珍しいからどうしたのかなって・・・」
「あー・・・・・・ツッキーの身内がうちで入院してるからそれのお見舞いに来てんだよ」
「お見舞い?仕事終わってそのまま行けばいいのに・・・」


私服っていうことはきっと一度家に帰ってからまた来ているはずだ、何故そんなめんどくさいことをしたのか。日向は頭に?マークがたくさん浮かんだ状態で黒尾に頭を下げ、元来た道を帰った。黒尾が後ろで笑っていることも知らずに。




「・・・蛍?」
「ごめん、起こした?」
「ううん、うとうとしてた・・・ご飯食べたら眠くなっちゃって」
「ちゃんとご飯食べたの?」
「食べたよ、食べないと月島先生に怒られるもん」


6階血液循環器科病棟の1番端、個室の部屋に今日入院してきた患者が居た。名は名前、姓は月島。入院してきた時に6階の人間に衝撃が渡ったのもしょうがない、あの月島蛍の奥さんであった。


「あぁそうだ名前が持ってきてって言ってたやつ持ってきたけど・・・こんなのどうするの」
「こんなのじゃないよ、蛍くんがくれたぬいぐるみ」
「うちの奥さんはまだ幼稚園を卒業してなかったのかなぁ」
「入院中寂しいからこれ抱きしめておくの」
「・・・まぁいいけど。とりあえず今晩は必要ないから」
「まさか・・・ほんとに泊まるつもりなの?」
「僕が嘘ついたとでも思ってたわけ?そのために一回家帰ってシャワー浴びて着替えて来たんだよ」
「大丈夫なの・・・?」
「大丈夫大丈夫」


だから安心して、月島は普段仕事中じゃ見せない(見せなければならないのだが)優しい笑みを浮かべて名前の頭を撫でた


「点滴切れそう、追加もらってくるからちょっと待ってて」
「あ、う、うん」


名前のおでこに軽くキスをして病室を出た月島はナースステーションにいる黒髪ツンツン頭の主治医に向かった


「黒尾さん」
「お、ツッキー。どうだ?奥さんの調子は」
「点滴、無くなりそうなんでもらってもいいですか」
「おー、いーぞ」
「あと血圧計も借ります」
「専属ドクターかー、俺は不要だな」
「いないと困ります。俺は専門じゃないんで。名前はどんな状態です?」
「んー今流してる薬で様子見だな、血液検査の結果見たがそんなに酷くねぇからすぐに退院できるんじゃねーかな」
「・・・よかった」
「ま、俺もこまめに様子みるからそんな心配すんな」
「・・・ありがとうございます」
「おー、お礼は結婚式の招待状でいいぞ」


月島は血圧計と点滴を確認していた顔を勢いよく上げた。その顔には何で知っているんだ、という文字が。珍しく何を考えているかわかる顔であり、黒尾は面白そうに笑った


「まだ結婚式あげてないんだって?」
「誰がそのこと・・・って1人しかいないか」
「結婚式は女の子の憧れだぞ?上げてやらねーと」
「言われなくてもわかってます」


月島は黒尾を少し睨んでその場を離れると、近くにいた夜久に点滴と血圧計を見せ、病室に帰って行った



「・・・蛍くんお医者さんみたい」
「僕の奥さんは旦那の職業もわからなくなったのかな?」
「だって蛍くんが働く姿、初めて見る」


働くといっても点滴を変えて、血圧を測っているだけなんだけど、心の中で月島は呟いていたが、感心したようにじっとこっちを見てくる可愛い奥さんに悪い気はしなかった


「ねぇ名前」
「んー?」
「退院したら結婚式あげよっか」
「・・・黒尾さんに言わないでって言ったのに」
「僕の仕事が忙しいからって籍だけ入れてそのままにしてたけど、挙げたいデショ?」
「まぁ挙げれるなら挙げたいけど・・・」


ゴニョゴニョと言葉を濁しながらぬいぐるみを抱きしめる名前を見て、小さく月島は笑った。そして点滴がちゃんと流れてること、血圧も問題ないことを確認して、ベットの端に座り名前の頭を撫でた


「・・・なんか催促しちゃったみたいでやだな」
「別に元々やろうって話だったからいいんじゃない?」
「うー・・・でも・・・」
「名前、たまにはワガママ言いなよ。僕はいっつも名前を我慢させてばかりいるから」
「蛍くんも我慢してるじゃん」
「僕?」
「仕事でイライラすることあっても絶対私に愚痴言わないし」
「名前に僕の嫌なところ見られたくないし、それに名前を甘やかして可愛がることが僕のストレス解消だから」
「私は蛍くんの嫌なところも好きになれる自信あるのに・・・」


うちの奥さんが世界で一番可愛いと思う。月島は目の前にいた世界一可愛い(と自負する)自分の妻をそう思いながら抱きしめた。しかし愛しの妻はじっと動かず、少し時間が経ってから抱いていたぬいぐるみごと顔を上げた


「・・・やっぱりワガママ言ってもいい?」
「なに?」
「結婚式はもっと落ち着いてからでいいや」
「・・・なんで」
「さっき黒尾さんから聞いたんだけど、私が大事に至らなかったのは蛍くんが早く見つけてくれて、そして早く病院に行けって言ってくれたからって」
「まぁ、そりゃあ・・・」
「お仕事でもたくさん人見てるし、家帰っても私のこと見ててゆっくり出来てないんじゃないかなって」
「それは君の勘違い」
「だ、だからね、私は蛍くんと一緒にいれればいいから、蛍くんがワガママ言えて、おうちは蛍くんがきちんと休める場所になるまで結婚式はいいかな、って・・・私ももっと蛍くんが休まれるように家事もご飯も頑張るから、ね?」
「・・・はぁ」
「ご、ごめん・・・せっかく結婚式あげようって言ってくれたのに」
「ほんと、うちの奥さんは馬鹿だね」
「・・・そりゃあ医者の旦那さんに比べたら馬鹿ですけど」
「そういう意味じゃなくて」


愛してやまない奥さんを見ないで自分だけ休まるなんてそんなことできるわけない。彼女を見ることが日課であり、名前と一緒にいることを視覚から再認識することで幸福感も覚えるからだ。毎度のことながら彼女のことで一喜一憂して、毎日毎日彼女の虜にさせられる。普段の自分の姿からは想像できるわけがない、そりゃあ黒尾さんもニヤニヤするわけだ。
月島蛍は名前の頬を摘みながらそう考えていた。


160228


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