Let's Hung Out! | ナノ

 一回友達になってしまったの、馬鹿だったなあと思う。今年のクラス替えからぜんぶやり直したい。毎朝こんな不満を胸に溜め込みながら登校していても、そういうのぜんぶ、好きな人の顔ひとつ見ちゃえばどうでもよくなるもんだよなあ。
 いつものように教室に入ると、すぐ目に飛び込んでくる赤いパーカー。校則なんてお構いなしとでも言うように視覚にギラギラと主張してくるそれは、少し癪だけれど、私が大好きな人のものだった。平静を装って席に座り、机の横に荷物を掛ける、その行為ひとつひとつにどれだけの気を集中させているのか、この馬鹿は多分一生かかっても分からないんだろう。お気楽な奴。いつもは恨めしいくらいの無邪気な笑顔で「イェーイなまえおはよー」とか言ってくるのだけれど、今日は珍しく机に突っ伏して私のほうをボーッと見ていた。

「おはよ、おそ松」
「あー……なまえ、おはよ」
「なに、今日元気ないじゃん。どうしたの」
「いやー、なんか朝から腹痛くてさぁ。気持ち悪いしだるいし生理かもしんね」
「性転換かあ。まあ高校生って色々あるよね」
「え、お前マジで?今のツっこまないかなぁ〜フツー。全力でボケたのに」
「うっさいわボケ」

 そんな馬鹿言ってる余裕あるなら大丈夫なんじゃん。と思ったのもつかの間、それ以降おそ松は黙ってしまって、またボーッと焦点の合わない目で虚空を見つめている。

「……ねえ、ホントに体調悪そうだね」
「なに、嘘だと思ってたの?」
「そういうわけじゃないけどさ。あんたが体調崩してるのなんて見たことなかったし。おそ松って……人間なんだね」
「お前オレのことなんだと思ってんだよ!」

 声をあげると、おそ松はイテテと顔を歪めてお腹をさすった。あーあ、だからあんまり声張らないほうがいいって。とりあえず保健室行こ。先生が朝のHRするまでまだ時間あるし。手を貸してなんとか席を立たせる。さっきから「あー」とか「んー」といった生返事ばかりで、『黙ると死ぬ男』とまで呼ばれているおそ松がこんな風になるなんて普通じゃないし、体調が悪いんだったら、やっぱり心配だ。友達として、想いを寄せている人として。
 大丈夫かな、大丈夫かな。どうか少しでも楽になりますように、と私の少し前を歩くその背中をさすった。私よりも細いと思っていたその身体は意外にも堅くてガッシリとしていて、少し戸惑ったあと、胸が苦しくなった。おそ松は「ウワッ」と声をあげて驚いたように私を振り返ったあと、目を細めて「いやに積極的じゃんよなまえ」と冷やかしてきたけれど、黙っていた。友達同士の嫌なところって、こういうところだよなあ。

***

 そりゃあ私が女の子らしいかどうかと聞かれれば、自分でも首をかしげるけれど、思い返せば思い返すほど自分の行動や言動に頭を抱えたくなる。さっきだって「うっさいわボケ」とか「あんた人間なんだね」とか。女の子らしい女の子は普通そんなこと言わないのに。
 ひと月ぐらい前、おそ松に好きな女の子のタイプを聞いたことがある。

『えー好きなタイプ?いやー正直オレのこと好きって言ってくれる女の子なら誰でもいいんだけどぉ〜。ムフフ。
 そうだなぁ、顔可愛くてー優しくてー、オレにでれっでれに甘えてきてくれるような子とか?身長は低ければ低いほどイイ!あとなんか守ってあげたくなる感じのやつ!……まあアレだなー。ひとつ言えるのは、お前とはほど遠いかけ離れた女の子が好きってことだわ!ガーッハッハ!』

 「お前ほんとうるせぇよ掃除機に吸われて死ね!!」って顔面殴ったんだっけなあ。顔の中心凹んでたけど。だってさあ、最後の一言は本当に余計だったと思うんだよね。そんなん言わなくとも分かっとるわ!あんたの好きな女の子のタイプ全部が私と正反対だよ!もう本当にやるせない。なんでこんなことになっちゃったんだ。やっぱりこんな恋愛のれの字もないような友達からじゃなくて、お付き合いを前提にお友達したかったなあ。
 そんな回想も終わったところで、ひとつ疑問がある。いつまで経っても保健室に着かないのだけれども、いったいどういうこと?

「……ちょっと待っておそ松。保健室ってこっちだったっけ?」
「オイオイ、なに言ってんのなまえ。オレ保健室に行くなんて一言も言ってないぜ?」
「え、」

 ガッと腕を掴まれ、壁に押しやられる。突然の横暴に抵抗する間もなく、気がつけば至近距離におそ松の顔があった。私の顔の横に腕をやって体重を支えているらしかったけれど、そうするとその分余計に距離が近くなるわけで。見る角度次第で、私たちはキスしてるようにも見えるだろう。……なんてことだ、冗談じゃない。カァッと顔が熱くなって、でも私の口から発せられるのは恥じらいの言葉でもなんでもない、可愛さの欠片もない反論だった。

「な……に、なにすんの。あんた体調は、」
「わりぃ、アレぜんぶ嘘。お前と二人になるにはこうするしかねーと思って」

 プチン。なにかが切れた音がしたとか、してないとか、それどころじゃなかった。
 ニヤついているその顔を、思いっきり、引っぱたいた。パァン、と爽快で小気味のよい破裂音が廊下全体に響き渡った。

「ふざけないで!!私ほんとに心配したんだよ!?いつも元気なあんたが朝から具合悪そうで、本気で心配して、心配したから保健室って、言ったのに、な、なんなの!?
 私と二人になるとかさあ、こんな、こんな近い距離で言うとかさあ……っ、ねえ、なんで、好きでもない子に、こういう事するの?あんたなんかのこと、好きになっちゃった私のっ、私の気持ちとか、考えたことないんでしょ!?ばか!ばーーか!!フツーこんな事されたら好きじゃなくても好きになるわアホ!ばーか!!クソ長男!!豆腐の角に頭ぶつけて死ね!!」

 じわじわと赤くなっていく頬に手を当てているおそ松は目を白黒とさせている。子供みたいに泣き叫んで、子供みたいに手の甲でごしごしと溢れてくる涙を拭って、私はついにその場にうずくまってしまった。怒りと涙と混乱とで頭がぐちゃぐちゃになった結果、言ってることもぐちゃぐちゃになってしまったけれど、そんなのを気にしている余裕はなかった。ああ、もうやだ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。これだから異性の友達は厄介なんだ。好きになったら、絶対にこういうことが起こる。もう前までの心地よい関係でいられなくなる。それが嫌だったから私は、今まで頑張って、頑張って隠してたのに。この気持ちを。
 もうとっくに朝のHRどころか、1限目が始まっている時間帯だった。それなのに学校の廊下で、子供みたいに嗚咽を抑えることもせず、しゃくりあげて涙を拭い続ける私は本当に高校生なんだろうか。こんな黒歴史作りたくなかった。人生の汚点だ。きっとこれから一生引きずり続けるに違いない。ぜんぶぜんぶこの馬鹿のせいだ。
 「あー……」と、どこかの馬鹿の声が聞こえた気がしたけど、もう知らない。ここには私一人しかいないものとする。衣擦れの音が聞こえたから、多分私と同じ目線まで屈んでくれたんだろう。「あのさあ、」本当に困っているような声色だったので、顔の大部分を袖で隠して目だけを前に向ける。眉をしかめて頭を掻いたおそ松が、そこにいた。

「お前、まだ気づいてねーの?」
「な、なに……なんの話、して」
「オレ、お前のこと好きなんだけど」
「…………」

 なに?なんだって?誰が誰のこと好きだって?

「だーかーら、なまえのこと好きだっつってんの!ずっと前から、てか最初から」
「は……う、嘘、嘘でしょ、絶対信じない」
「はぁ〜〜〜!?おま、ふっざけんなよ!なんでオレ2回も好きだっつってんのに否定されなきゃなんねーわけ!?つかお前もおんなじだろーが!オレのこと好きなんだろ!?」
「え、ねえ、ちが、だ、だって……私とは正反対の子が好きだって、」
「は?なにお前、あんなの信じてたの?カ〜〜〜ッ、あんなん本気なわけねーだろ!そもそも『好きなタイプ』と『好きな子』は違うもんなの!よく考えろバーカ」
「は、はぁ?な、なん……うぅ」

 訳わかんない。意味わかんない。本当なんなのこいつ。なんで私はこんな奴のことが好きで、こんな奴が私のこと好きなの。ああ、もう、どうしよう。幸せすぎて、なんだかよくわからない。
 また嗚咽を漏らしながら泣き始めた私に「だーっ!だから悪かったって、泣くなって、ホント」と言って頭を撫でてくれるおそ松が、やっぱりもう隠しきれないくらい、たまらなく大好きだったのだ。

「……あのさ、なまえ。このまま学校サボらねえ?」
「……こんな顔で授業出られないし。ドーナツ奢ってよね」
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