亡霊だけが住まう塔

※桐青3の4の友情の話
※夢小説ではありません

 暦の上ではとうに春だとはいえ外の空気も頬を刺す風もひんやりと冷たく、体感的にはまだまだ冬そのものだった。
 思わず身震いをして、首を覆うネイビーに顔を埋める。このマフラーは確か去年の冬、山ちゃんと出かけたとき一緒に買ったんだっけ。たった1年前のことなのに、なんだかやけに遠い昔のことのように感じる。

 進路も決まり登校日も卒業式を入れても残すところあと数日だけ。春になればこの長い長い通学時間ともおさらばだ、なんて口に出してはみたものの正直まだ実感がない。というよりかはその実感を得たくなくてわざと目を逸らしている、と言った方が正しいのかもしれない。

「山ちゃん引越し準備進んでる?」
「ぜーんぜん。本やんは?」
「俺も」

 3月に入ったら本気出せばいいかなって、と返せば本やんらしいねと笑われた。なんだよ、自分だって進んでないって言ってたくせに。
 でも山ちゃんの荷造りはすぐ終わりそうだ。物に対する執着あんまりなさそうだもん。何回か家に遊びに行ったとき、部屋がシンプルというか物があまりなかったのがちょっと意外で驚いたことを今でもよく覚えてる。

 どちらかといえば俺は物が多い方で部屋もまあまあ散らかってる。山ちゃんとは正反対だ。
 大事なものは何でも取っておきたくなるのだ。側からみればガラクタに見えても、いらないなんて割り切れない。どれも簡単には捨てられない。まあ、部屋が汚いのはただ単にこの雑把な性格のせいってだけかもしんないけど。

「ちょっとチャージしてくる」
「え、定期じゃねーの」

 券売機へ向かう山ちゃんにそう聞けば、先月末にちょうど定期が切れた時どうせもう数回しか来ないんだから、定期よりもそのまま電車賃を払った方が安くあがるってことで更新しなかったらしい。

 山ちゃんはああみえて意外としっかりしてる。マイペースで自由気ままに生きてるようで、先のことまでちゃんと考えてる。一方俺はどうだろう。卒業したらもう来ないくせに無意味に3月26日まで期限がある俺の定期と、チャージを終えた山ちゃんのそれ。見た目もタッチして改札をくぐるその動作もまったく同じなのに、俺だけが置いていかれているような気がした。

「荷造りは全然だけど先週IKEA行ってきたよ」
「え、もう?早くない?」
「姉ちゃんたちが行きたがっててさ。選んだのもほぼ姉ちゃんだから変に小洒落た部屋になりそう」

 苦笑いを溢す山ちゃんは今、何を考えているんだろう。なんだかんだ愚痴を漏らしつつも新生活へと切り替えて先へ先へと進んでるように俺にはみえる。
 俺はまだ、前に進めない。進みたくない。できればまだ高校生であることにしがみついていたい。いつまでも高校生でいられないって、どんなに足掻いてももうじき終わるんだって自分でも分かってるつもりなんだけど。それでもまだここにいたい、大切な3年間の思い出に浸っていたいって思うのは俺が子供なんだろうか。

「卒業式さ、誰か泣くと思う?」
「えーどうだろ。泣くとしたら利央とか?本やんも泣きそう」
「そういう山ちゃんは泣かなそう」
「当たり前じゃん。ずっと笑ってんのが俺の役目だし」
「そんな風に思ってたの?」

 俺の最後の一言に少し山ちゃんの眉間にシワが寄る。話題を変えたくて考えなしに切り出したけど、言わなきゃよかったと少し後悔した。読み取りづらいその表情は”そんなこともわからなかったの?”とでも言いたげだ。
 知ってるよ。山ちゃんが見せる表情や態度全部が全部本心じゃないって、いつも明るく何も考えてないように見えて実は色々考えて振る舞ってるって。ちゃんと知ってた。

 山ちゃんはずっとチームのムードメーカーだった。桐青は県内屈指の強豪で、どうしても練習はきついし全体的にピリピリすることだって少なくなかった。それは誰が悪いわけでもない。懸命に真剣に取り組んでいる証拠だし、ずっと仲良しこよしではいられない。ある程度しょうがない。ずっとそう思ってた。でも山ちゃんは違う。どんなときでも、部内がどんな空気であってもいつも変わらず普段通り。それこそ最後の夏の試合中だろうと。
 いつも笑って適度に冗談を言って。ちょっと前まで真面目な話をしたばかりで重い空気がそこに残ってたはずなのにいつのまにか山ちゃんのペースに乗せられ場が和んでしまう。掴めない人だという第一印象はやがて尊敬に変わった。一緒にいるうちに仲良くなって俺も山ちゃんに乗っかって冗談を言ってたけど、俺はただ便乗してるだけに過ぎない。きっかけはいつも山ちゃんだった。

 ホームのベンチで隣に腰掛ける山ちゃんを横目で見る。この前の登校日には確かにそこにあったのに、その首元に去年買ったあのマフラーはない。
 山ちゃんはこの3年間を振り返った時何を思うんだろう。演じたその"役目"が重荷に感じたりしんどくなったりしなかったんだろうか。

「山ちゃんはさ、3年間楽しかった?」
「うーん、いいことばっかじゃなかったけど悪くなかったよ。本やんもいてくれたしね」
「俺ただ隣で悪ノリしてただけだけど」
「はは、確かに。二人して監督にも和己にも何回怒られたかわかんないね」

 それでも俺は山ちゃんがいてくれたから楽しかった。最後の結果がどうであれここでの日々も、出会った仲間も俺にとって大切な宝物だ。いつまでも大事にしたい、飾っておきたい。手放すなんて一生出来そうにない。

「小洒落た部屋完成したら呼ぶよ」
「まじで!楽しみにしてるわ」
「え、そんなに?」
「いやなんかさ、約束があるのいいなって思って。あ、俺の部屋も片付いたら呼ぶよ」
「えー、それじゃいつになるか分かんないじゃん」

 お見通しだ、と言わんばかりに笑うのでなんだか居た堪れなくなってしまう。どうやらこの3年間で俺という人間の情報は余すことなく筒抜けになってしまったらしい。わかったよ、なるべく早く招待できるように頑張るって。

 首元のネイビーが風に揺られて、電車がゆっくりとホームへと入ってくる。
 これに乗って俺らがここを去っても、これから会う機会が減って毎日バカ笑いできなくなっても、この先お互い隣にいる相手が変わっても。俺は生涯この3年間のことを糧に生きていくんだろう。

 与えてもらってばかりできっと、何ひとつ返せやしなかったけど。出来れば山ちゃんにとってもここでの日々が、隣で笑い合った毎日が俺と同じく意味のあるものであり続けてくれたらいい。物に執着を持たない山ちゃんが捨てられない数少ないものの中に、ここでの3年間が入っていて欲しい。

 乗り込んだ車内は暖房が効き過ぎていて、むしろ暑いくらいだった。やむを得ず外したマフラーをなくさないよう大事にカバンへしまう。
 じきに春が来る。

#桐青お気持ち表明文 に向けて書きました
桐青ナインに幸あれ

title : さよならの惑星

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