Novel - Vida | Kerry

愛に似てる



「どうして」

そう言って俺を見上げる名前の声はか細く、注意深く耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうなほどだった。震える手に握られている脇差は彼女の夫"だった"男ものだ。その男は俺の足元で倒れ、すでに冷たくなっている。

「ごめんね名前ちゃん、でも仕事でさ」
「なんで…この人が何をしたっていうの?」

彼女は自分の夫を殺したのが俺であるということが、人を殺してもなお平然としているのが、理解出来ないとでも言いたげに俺を見た。まるで化け物でも見るような怯えたその目に少し苛立ちながらもあくまで冷静に、いつも通りに話を続ける。

「こいつが家臣と謀反を企ててるって情報が入った。だから殺した。そして迎えに来たんだ、名前ちゃんのこと。」

彼女は武田家の重臣である父親の命でこの家に嫁いだ。この婚姻によって敵対していた両者の間に同盟が結ばれることになった。いわゆる政略結婚ってやつで、この時代珍しくないとはいえ結婚するまで互いに顔も見たことない男に嫁ぐのだ、嫁ぐ前の夜「私、ここから離れたくない」と旦那と俺の前でだけ泣いていたのを昨日のことのように覚えてる。

俺は元々この同盟には反対だったし、この家の連中も信用ならないと思ってた。だけどこれは国全体に関わる問題だ、俺だけじゃどうにもならない。だから、名前ちゃんが嫁いでからずっとここの動きを探ってた。そしてついにこの日がきたのだ。

元々甲斐にいたころは俺と旦那と一緒に花見をしたり縁側で話し込んだりたまに城下にこっそり出かけたり、とにかく楽しかった。
名前ちゃんといるとどんなことがあったあとでも心が穏やかになった。自分が忍だってことも、今までしてきた酷いことも少しだけ忘れる事が出来た。いつのまにか名前ちゃんは俺にとってなくてはならない人になってた。
名前ちゃんさえ戻ってこればまたあの頃みたいに楽しく笑って過ごせる。名前ちゃんもその方がいいに決まってる。そう思ってた。

「…私は帰らない。嫁いだからにはこの家と心中するって、決めたの」

「決められた結婚でも、それでもあの人は私に幸せをくれたの。見捨ててはいけない」

そう言うと彼女は深く息を吸っては持っていた脇差を自分の胸に突き刺した。呆気にとられて身動き出来ない俺に名前ちゃんの口が最後にゆっくり動く。

「さよなら、佐助」

待ってよ、一緒に甲斐に帰ろうよ。旦那も大将もお父上もみんな待ってるよ。ねえ、返事してよ、また笑ってよ。そう言って抱きしめてみても返答はない。名前ちゃんがいなかったら困るよ。俺はどうしたらいい、ねえ?


抱きしめた彼女の体が段々と冷たくなっていく感覚がした気がして目が覚めた。そして腕の中で穏やかな寝息を立てる名前の体がちゃんと暖かく幸せそうな表情でいることに、夢でよかったと安堵して深く息を吐く。

初めてこの夢をみたのは名前と結婚式を挙げたその日の夜のことだった。そしてそれと同時に自分が400年前、武田家に仕える忍・猿飛佐助であったことや、その時自分がしたことも全て思い出した。自分が彼女にしたことがただの夢ではなく事実だということも。

前世で結ばれなかった二人が、400年の時を超えて、今世で結ばれる。これだけ聞けばさぞロマンチックで素敵な話だろう。でも、俺のはそんな綺麗なもんじゃない。前世の彼女の幸せを、その命を、そばにいて欲しいという自分勝手なわがままで奪ったのは紛れもなく俺なのだ。

あの夢はみるたびに音も感触もどんどんリアルになっていった。それがまるで前世であれだけのことをしておきながら今世で幸せになるなんざ許さない。そう誰かに言われてるみたいだと思った。

「どうしたの佐助、また怖い夢みたの?」

腕の中の彼女がもぞもぞと動いては心配そうに眉をひそめる。

「ううん、大丈夫。ごめん起こしちゃったね」

心配させないようにとりあえず笑顔を作ってみせる。けど、上手く笑えてる自信はなかった。
忍だったのはあくまで前世の話で、今の俺は普通のサラリーマンなんだから。ちゃんと名前だって好いてくれてるんだから、彼女の記憶が戻るとも限らないのだから。そう前向きな言葉で不安を塗りつぶせばつぶすほど、余計に不安を増長させてるような気がした。

「好きだよ」

俺の作り笑いがよほど酷かったのか、彼女の小さな手が俺の頬に触れる。彼女に前世の記憶はない。何も知らないから、こんなことを言ってくれるのだ。そう分かってても嬉しくて何だか柄にもなく少し泣きそうになるのを誤魔化すように抱きしめてみる。

「うん、俺も好き。だから、どこにもいかないで」
「いかないよ、佐助は心配性だなあ」

名前は笑いながらそう言って背中に手を回す。彼女に記憶が戻ってしまうのが怖い。その時彼女がどんな顔をするのか、その時この関係がどうなるのか、考えただけで恐ろしくて怖くてたまらない。

でもそれ以上に、名前がいなくなってしまうことが怖い。この手のぬくもりがいつかなくなってしまうことが。この幸せを失ってしまうことが、何よりも怖いのだ。だから俺は彼女を手放せない。例え記憶が戻った時彼女がボロボロに傷付くとしても、また化け物を見るような視線を向けられることになっても。

400年経ったっていつも自分のことばかりで何にも成長してなくてやんなっちゃうね、ほんと。


170202 今更BASARAをプレイし始めました。孫市さんがお気に入り。


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