Novel - Vida | Kerry

僕ら星の終を眺めてた



3時限目の英語は先生が出張で映画鑑賞になった。その映画は去年流行ったヒーローアクションで"ゾンビに次々と襲われる人々をスーパーヒーローが助けてハッピーエンド"といった具合のごくありきたりなストーリーだったと記憶している。

この手のヒーローものは正直俺の趣味じゃない。大体同じようなストーリー展開にも飽き飽きしてしまうし、悪には善が必ず勝つように出来ている世界観があまり好きではない。そんな都合のいい展開はフィクションのなかだけの話で、現実はそんなに甘くはないってことに俺は最近気づいてしまった。

俺たち六角は全国大会初戦で敗退した。負けたのは力が足りなかったから、それは認める。相手の方が実力が上だったんだ。悔しいけど。

でも勝てばいいのか?勝てばどんな手段を使ってもいいのか?俺はそう思わない。誰かに危害を加えてまで手にする勝利なんて欲しくない。
そんな相手だからこそ、勝ちたかった。精一杯戦うことが正しいって証明したかった。けどいくら正々堂々戦ったって、一生懸命練習していたって、弱ければ結局悪いことをしているチームに負けるのだ。

きっとこの映画で例えるならヒーローは紛れもなく青学で、俺たちはゾンビに襲われる通行人Aだった。襲われてる人々だって何か悪いことをしたわけじゃない。けど、力がなかった。だから勝てなかった。

あの試合も、俺たちの夏も全てフィクションだったなら、俺たちは勝つことが出来たんだろうか。卑劣な手段を使ってまで勝とうとする彼らを倒すかっこいいヒーローになれたんだろうか。


放課後のチャイムとともに教室を出て、テニスコートではなく自宅へと足を向ける。毎日暗くなるまで練習してたから最初はひどく違和感を感じたけど次第にそれも当たり前になってきた。

こんなふうに少しずつあの敗北も風化していくんだろうか。テニスのない日常に少しずつ慣れていくように、自然に忘れていけるんだろうか。ちょっと前まで俺と同じように部活に打ち込んでたのが嘘のように、先週の模試の話をする友人達の声がやけに遠く感じた。

塾に向かうという友人達と別れたあと、なんとなく家に帰る気にもなれなくて近くの海岸に立ち寄った。そのまま砂浜に腰を下ろす。制服で来てしまったのであまりズボンを汚すとあとで困るなあとは思ったけど、座ってしまったものは仕方がない。

こんなことしてる場合じゃないんだけどなあ。

別に負けてやけくそになったわけじゃない。わけじゃないから、今すべきことがこうして大海原を見つめることでも、家に帰ってから砂だらけのズボンをどうするか考えることでもないことくらいは分かる。一応受験生で部活だって引退したのだから、勉強するしかない。高校に行ったってテニスは出来る。頭では分かっている。ただいつまでもあの夏への未練を捨てられないだけで。

「あれ、佐伯くん?」
「名字か」

誰かと思った、と言って笑って見せたらこっちのセリフだよと逆に笑われてしまった。

「何してたの?」
「ちょっと考え事かな。」
「そっか」
「ねえ、ちょっと話そうよ」

通りかかったのは同じクラスの名字だった。彼女とは普段そんなに話すわけではないけれど、優しくて気さくな彼女とはたまに話すとウマが合うなんて思っていたから、こんな無茶を言ってしまうのかもしれない。一人でいると苦しいから、それを誤魔化したいだけなのかもしれない。ただ話を聞いて欲しいだけかもしれない。それでも付き合ってくれる彼女は優しい。

「名字はさ、中学生活で後悔してることってある?」
「後悔?」
「そう、後悔」
「佐伯くんはあるの?」
「…俺たち全国の初戦で負けてさ」
「うん」
「どうしても勝たなきゃいけない相手だったのに、勝てなくてさ」

あの時、俺はあの試合に勝たなくてはいけなかった。たとえチームとしての負けが決まっていたとしても、最後に一矢報いるべきだった。俺らのやってきた3年間が間違いでなかったことを証明するためにも、彼らの間違いを正すためにも。その為におじいに付き添わずに残ったのに。結局何も出来なかった。

「私は最後の大会でレギュラー取れなかったとこかな」

俺の話を黙って聞いていた名字が遠く海の方を見つめてゆっくり口を開く。

「後輩にポジション取られちゃって。その子の方が上手だし、納得もしてる。けど、最後までコートに立っていたかったってやっぱり思うよ」

いつも笑顔で一生懸命練習に取り組む彼女しか見たことがなかった。そんな苦しい思いを抱えていたなんて、知らなかった。うちのテニス部は人数が少ないから、最後の大会なのに出れない3年生の気持ちなんて考えたこともなかった。

「それでもね、私がもっと頑張っていれば結果は違かったかもしれないから、高校ではもう二度と後悔しないように頑張ろうって、最近思えるようになったんだ。もしこの先また負けてしまっても、精一杯頑張ったあとならきっとこんなに後悔しないと思うから。」

「だからさ、佐伯くんも続けてよ。テニス」

あの時、俺は勝たなくてはいけなかった。たとえチームとしての負けが決まっていたとしても、最後に一矢報いるべきだった。けど結局負けた。ヒーローにはなれなかった。その後悔は多分ずっと消えない。けど、人生は続いていく。それなら、

何度だって挑んでいくしか道はないのだ。
いいことばかりじゃない。結果が伴うなんて保証はない。正しい方が勝つとは限らない。大抵努力は報われない。やってきたこと、頑張ってきた時間、全部無駄になるかもしれない。それでも、ここから離れられやしないのだ。俺も名字も。

「ああ、もちろん。高校でも全国出てみせるから、応援きてよ。俺も応援いくからさ」

その言葉に名字が満足そうに微笑むから、つられて俺も笑ってみた。薄闇の中、瞬く星がやけに近くに見えた夜だった。


161011 佐伯くんが比嘉戦で言った「ひとつやり残したことがあってね」というセリフがとても好きです。

title: ユリ柩


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