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「そうしてまた、君に溺れる」続編
「で?今日は一体何だってんだ?」
「え…」
俺の部屋で酒を呑み始めて半刻程経った頃。
不意に切り出された左之さんの言葉に、俺は酌をしていた手を止める。
「何か、相談したいことがあるんだろ?」
「……」
「まぁ、大体察しはつくけどな」
そう言いながら、視線をこちらに向ける訳でもなく、ただユラユラと揺れる盃の水面を眺めている。
いつかと同じこの状況。
鋭い左之さんが気取るのは当然で…
「大方、ヘマでもしたんだろう?」
「う…」
「ここ最近、千鶴の様子がおかしいのもそのせいか」
「……」
(本当にこの人は…)
どこかで見てるんじゃないかってくらい洞察力に長けている。
それが、ちょっと悔しくもあり、心強くもあり…
そんな複雑な気持ちを抱えながらも、俺は先日の失態をおずおずと口にした。
「お前なぁ…。そんなとこで押し倒す奴があるか」
「だ、だって、左之さんも言ってたじゃねーか。いい雰囲気になったら、サクッと押し倒せ!って」
「だからって、場所を弁えろよ、場所を」
「……」
「千鶴を大事にしてやりてぇんじゃなかったのか?」
左之さんの言葉が深く深く突き刺さる。
俺自身、誰よりも強く想っていたことだ。
「初めてってだけでも不安だろうに、縁側で押し倒されようものなら、戸惑うのも当たり前だろうが」
「……」
「土方さんも、そんなお前の暴走を止めようとしたんだと思うぜ?いくら何でも、そんなとこでされたんじゃ丸聞こえだしなぁ」
そこまで口にすると、左之さんは盃の酒を一気に呑み干す。
肩入れなしの客観的意見は、俺の心を鉛のように深く深く静めた。
「……俺、千鶴に嫌われちまったかな?」
「かもな」
「……」
「おいおい。冗談だって。んな顔、すんなよ」
今の俺には、受け流す余裕なんて微塵もない。
もしかすると、本当に嫌われちまったかもしれないのだから。
あの日以来、千鶴とはぎくしゃくした関係が続いていた。
「なぁ、どうしたらいいと思う?左之さん…」
「どうするも何も、とにかく謝るしかねぇだろ」
「それは、俺もしようとしてるさ。けど、アイツ…切り出そうとすると逃げちまうんだって」
自業自得とはいえ、こうもあからさまに避けられ続けると流石に堪える。
既に折れかかっている心が、根元からポキリと折れちまいそうだ。
「まぁ、千鶴も、どうしていいか分かんねぇんだろ。事が事だしな」
「あぁーもー…」
情けない自分に遣り切れない気持ちだけが募る。
そんなみっともない苛立ちをぶつけるよう、左之さんから酒瓶を奪い取った俺は、盃を使わず力任せに酒を煽る。
「おい。んな無茶な呑み方すると…」
「…ッ、ゲホゲホゲホッ!!」
「ほら、言わんこっちゃねぇ」
噎せた喉がヒリヒリと焦げるように熱い。
こんなことをしても、ますます自己嫌悪に陥るだけだった。
「ったく、見てらんねぇなぁ」
軽い溜め息と共に、左之さんの呆れた声音が辺りに響く。
けれど、今の俺には反論する威勢もなく、ただただ項垂れるばかりだ。
「あのなぁ、平助…。お前、このままじゃ終わるぞ?」
「!!」
「いいのか?」
「…っ、良くないっ!良くねーよ!!」
想像したくもない現実を突然目の前に突き付けられ、俺は弾かれるようにして声を荒げる。
「なら、ぐだぐだ言ってねぇでちゃんと向き合え。大事にするのと、言いたい事も言えずに遠慮しちまうのは違うだろ」
「……」
「普段は誰よりも先に突っ走っちまう癖に、千鶴の事となるとこれだもんなぁ。あまり慎重になり過ぎんのも善し悪しだぜ?」
分かってる。
分かってるんだ。
けど、恋愛していると、俺が俺でなくなっていく。
良い意味でも。悪い意味でも。
そんな不慣れな自分はどこか気恥ずかしく、同時に戸惑いも生む。
脳裏にふと千鶴の笑顔が浮かんでは、不意に泣きそうになった。
「ったく、仕方ねぇ。一肌脱いでやるか」
「え…」
これまでの散々な醜態を見るに見兼ねたのであろう。
手を差し伸べてくれた左之さんの後ろに、神々しい後光が射して見える。
「い、いいのか?」
「言っておくが、お前の為じゃねぇぞ。俺はただ、千鶴に笑顔でいてもらいてぇだけだ」
「うう、左之さぁん!」
「だから、勘違いするなっての。お前はあくまでおまけだ。お、ま、け。つーか、酒臭い顔近付けんじゃねぇよ」
両手を広げ、抱き着こうとする俺をぞんざいに押し退けながら、いかにも面倒事のように吐き捨てて見せるけれど、本当は知っている。
その言葉に隠された真意を。
「……マジでありがとな、左之さん」
「別に礼を言われる筋合いはねぇよ」
「いや、うん。勝手な独り言だからさ、適当に流してくれ」
放っておけない性分で、恩に着せるような素振りなど欠片も見せない。
そんな兄貴的存在に、俺はいつだって甘えてばかりで…
「でもまぁ、そうだな。そんなに言うなら飯当番3回で手を打ってやるか」
「…は?」
「良心的な俺に感謝しろよ、平助」
「お、おい。ちょっと待てって!何だよ、それ」
(たった今、語った俺の気持ちは!?)
「いやー、これで明日はゆっくり寝れるな」
「しかも、早速かよ!」
「ははは。んじゃ、明日は頼んだぞー」
「くっ…」
前言撤回。
何事にもそれ相当な対価が必要な訳で。
(いや、いいんだけどさ。飯当番で千鶴と仲直り出来るなら安いもんだし…)
なのに、どこか落胆している自分がいるのは何故だろう。
左之さんの上機嫌な笑いと共に、夜は更けていく。
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