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微微裏
俺だって現状に満足してる訳じゃない。
あ、いや…満足はしてるんだけど、そういうんじゃなくて…何つーか、その…
俺だって人並みに男な訳で…
そうしてまた、君に
溺れる
「何だ、お前ら…まだだったのか?」
酒を呑む手を止めた左之さんが、さも珍しいものでも見るような目で俺を見る。
その視線に酷く居心地の悪さを感じるのは、俺自身不甲斐なさを痛感しているからだろう。
そんな勝手な事情を振り払うようにして、俺は盃に入った酒を一気に喉元に流し込む。
「だってさぁ、きっかけがないっつーか、どう切り出していいか分かんねぇっつーか…」
情けねぇけど、自分じゃ活路を見出だせず、こうして高い酒を餌に、左之さんを部屋へ呼び出す始末だ。
(こんなこと、ぜってぇ新八っつぁんには相談出来ねぇし…)
千鶴とは、想いが通じ合ってから随分と日が経つ。
これまでに何度か唇は重ねているものの、そこから先…深い男女の仲にはなかなか進めずにいた。
「きっかけって、お前…女を知らねぇ訳じゃあるまいし」
「……」
「マジか…」
出来れば触れて欲しくない事実が追い討ちを掛ける。
「ま、まぁ、あれだ。いい雰囲気になったら、さくっとその場に押し倒しゃぁいいんだよ」
「何だよ、その適当発言。それが出来たら、最初っから苦労しねぇっつーの!」
「んなこと言われてもなぁ…。2人の問題に余り首突っ込むのも、不粋ってもんだろうが」
「……」
こういうところは左之さんだと思う。
普段はふざけてばっかの癖に。
「多分さ…、きっとアイツも初めてだろ?だから、大事にしてやりたいんだよ。でも、どうやったらアイツが喜ぶかとか全然分かんねーし、考えれば考える程不安になってくるっつーか…だから…」
きっかけがないとか、そんなのは結局言い訳でしかなくて…
臆病な俺は、千鶴に嫌われることを最も恐れている。それが未知の世界であれば尚のこと。
なのに、左之さんの反応は、心底呆れたような乾いた笑いだった。
「馬鹿だなぁ、平助」
「なっ、ば、馬鹿!?」
「まぁ、お前の気持ちも分からなくはねぇが、それでいいんじゃねーの?」
「え…」
「今言ったこと、そのまま千鶴に伝えてやればいいんだよ。格好つけたって、お前のことだ、どうせすぐボロが出んだろ」
手酌で酒を煽る左之さんの姿に、俺は呆気に取られる。
「千鶴、がっかりしねーかな?」
「お前は、千鶴がそういう女だと思ってんのか?」
「いや…」
「大丈夫だよ。どんだけお前が意気地のねぇ情けない奴だとしたって、アイツはお前を嫌いになったりしねーよ」
「はは。ひでぇ言われようだな、俺…」
でも、左之さんに言われると、本当に大丈夫な気にさせられるから不思議だ。
「大体なぁ、お前は贅沢過ぎんだよ。新八なんかに言ってみろ、嫌がらせだと思われるぞ?」
「お、俺はただ、真剣に…」
「分かってるよ。それだけ、千鶴を大切に想ってんだろ?それに、最初は誰だって余裕なんかねぇもんだ」
「……」
(だから、この人はモテんだよな…)
言葉の端々に、裏打ちされた頼もしさがある。
どんな無理難題も受け止めてくれるような。
男女問わず、そんな姿に憧れる奴はきっと多い。
(悔しいから、言わねーけど…)
「左之さんも…そうだったのか?」
「ん?」
「余裕、無かったりしたのかなって…」
(そんな左之さん、想像出来ねーんだけど…)
「あー、どうだったかなぁ。昔のことで忘れちまった」
「何だよ。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん」
「そうだなぁ。んじゃ、お前が晴れて童貞を卒業した暁には教えてやるよ」
「っ…」
(それじゃ、何の参考にもならねーし!)
何だか結局、いつものように上手く交わされた気がする。
カラカラと笑う左之さんを恨めしく見つめながら、俺は僅かに残っていた酒を呑み干した。
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