「館長、」

押し倒されたと言うのに恥ずかしさだとか、そう言った類の感情が湧かなかったのはどこかで諦めていたからだろうと思う。ソファーの上に落ちたわたしに跨って、ぶちぶちと乱暴に制服を裂いた館長の表情は俯いて垂れた前髪に隠されて見えない。此処までされても不思議と焦りさえしなかった。ただ胸がひどく痛む。それだけだ。「館長、わたし」「黙れ」「わたし‥」「‥‥‥」言葉にしようとすればじわじわと視界が滲んで、それからもうあとは何も言えなかった。館長が、泣きじゃくるわたしの頭に手を這わせながら優しく額に口付けるのが嫌で嫌で仕方が無い。この行為に何の意味があると言うのだ。わたしはホ乳類ですら無いというのに。館長が知らない筈がないのだ。制服のスカートのホックに手を着けたところで館長の動きが止まる。滲んだ視界で館長の表情を見るのは難しいことだ。「かんちょ、」「くそ、」急に倒れるようにして館長が額を合わせてきた。館長の猫っ毛の黒髪が視界に混じる。近過ぎて視界が合わない。ぎゅうと閉じた目蓋に押し出された涙がどこかに染みて消えていく。額から頭を離してすぐ横に置いた館長の、小さく鼻を啜る音が聞こえたような気がする。

「伊佐奈って呼べよ、なあ」

ぎうと抱き締めてくる腕はこんなにも優しいと言うのに、何でこんなに痛いのだ。


さびしい海獣
110905
おむおむさんリクエスト
(伊佐奈/逢魔ヶ刻動物園)
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