女だと思って眺めていると、睫毛の長さや体のラインの柔らかさが目につくようになる。ジャケットを脱いでYシャツになればなおのこと。秋山は胸中で安堵の息をついた。まさか男相手に怖気や寒気とは違う、ぞくりとしたものを感じたなんていくらなんでも冗談にしては笑えない。しかし、不思議なことに、今は向かいに座って例の目を真っ向から見ることができる。逸らすことを許さない光は引っ込んでしまったのか、ただ形のいいだけの目である。


「いやあ、ほんとにごめんね。最近ちょっといろいろあったからさ、敏感になっちゃってて」
「いえ、どうもありがとうございました」


リリと自分の関係、リリが追われている理由。なまえがなぜリリを探しているのか。お互いに一通り説明し終えて一息つく秋山に向かって、なまえは机の上に放られっぱなしだったセブンスターを手にとって、振ってみせる。ポケットの中のジッポを差し出すと、軽く頭を下げて慣れた手つきで煙草を咥えた。火をつけるとき、眉間に皺を寄せたりするところが何だか男くさいなと秋山は眺める。箱の上にジッポを重ねて机に戻し、大きく一服すると、足を組んで腕を背もたれにかけて座りなおした。

「それで、なんでこの店が警察に付きまとわれてるんです?」
「それも話せば長くなるんだけどねえ」
「リリさんの一件には?」
「ああ、それはぜんぜん関係ないことなんだけどさ」


伏し目がちにローテーブルの灰皿を見つめる、濡れたように光るアーモンドの表面はひたりとさざ波だたなくなった。深い深い淵のほうで、はっとするほどに冷たい水が渦を巻いている。いったい何歩先を見据えたらあんな目になるのだろう。まったく、人を見る目がないなんてよくも思えたものだと自己評価を少々引き上げておく。ただのラウンジの調理係がそんな顔つきをするような時代が来たら、日本はおしまいだ。

じっくりと観察してみる。頬の線のまろやかさだとか頼りない首は改めて見直してみると間違ったことが恥ずかしくなるくらいだ。しかし明らかに不自然なのが、丁寧に折られたYシャツの裾からのぞく筋張った腕だろう。それこそ、料理人だからとてそうはならないだろう隆々さだ。洋画のアクション物につきものの戦うヒロインのような、隙のない体つきでは、申し訳ないが男の方が尻ごみしてしまう。やはり一目で女と気がつかないのも個人の能力云々ではないのかもしれない。

なまえはゆるりとようやく口にたばこを運んで、しかしまだ確証はないようすで秋山をみつめた。


「一応、聞かせてもらえますか」


ほうらみろ、とだれに誇るでもなくひとりごちた。どれだけ装ったって、この目がすべてを裏切っている。一般人も、男だって、そんな目はしないものだ。



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