東城会、柴田組、上野誠和会、金村興業の新井、連続殺人とリリ、真島、神室町ヒルズ。

いくつかの事項を頭の中で並べて結んだりするのにも限界がある。紙か何かが欲しい、と思ったところで、記念にと秋山から贈呈されたポケットの中のセブンスターを思い出した。ありがたいことに100円ライター付き。おいといて、と頭の中のダンボールに、散らかったキーワードたちをどさどさ入れて隅に追いやり、本日3本目の煙草に火をつける。

暗くなりゆく街は、むしろやにわに騒然としはじめている。一般にいうところの「朝」が始まろうとする夕暮れの往来を、フォーマルとは対極のスーツやドレスが埋めていく。すぐ近くにあるような、とても遠いような。

12年だ。赤ん坊が小学校を卒業できるほどの年月暮らしているというのに、いまだにこの街すべてを知ることはかなわない。少ない候補の中でも、真島組の、東城会の手のついていないところなど、思い当たるのはただひとつだった。チャンピオン街の南、サツもやくざも近づかない、亜細亜街とその関連店。違法就労者の多いあそこならば、身分を証明する必要もなく、女であれば働くことは容易だ。


鉄製の階段をカンカンと降りるころには、ネオン眩しいいつもの夜になっていた。天下一通りに出ようとしたところで肩にかけていたジャケットが震える。ポケットを探り携帯を探しだすと、ディスプレイに表示されていた名前に、慌てて通話ボタンを押した。


「はい」
「やっとでたか。ちょっと頼みがあるんだが」
「すいません、ちょっと昨日から電源落としてたんで」


本人の厄介さで言えば真島を越える奴はいないだろうが、厄介事が舞い込むという意味では桐生の方が上だとなまえは思っている。受話器に拾われないようこっそり嘆息しながら、続きを促す。


「冴島大河って男のことだ。知ってるか?」
「いや、初めて聞きましたけど」
「そいつが今、神室町に向かってる。事情はよくわからねぇが、手を貸してやってほしいんだ」


出た、事情はよくわからない。桐生のそういったお人好しすぎるところが、理解に苦しむ部分であった。困っていたら助けるって、お前はアンパンマンか。だが知り合いだからといって安請け合いする自分もまた、同じくらいには滑稽なようだ。


「…特徴は?」
「緑のコートで、かなり背が高い」


ななめ向かいの、ナオミの館というすがすがしいほど怪しい店のあたりで職質を受けてしどろもどろになっている男が、ちょうどそんな感じだった。まさか、そんな、ねえ。なまえのすがるようなうすら笑いは、瞬間冷凍される。


「髪は長くて、あとは、そうだな…ガタイもいい」
「…あー、そう。うん。見つかりました」


それじゃ、と電源ボタンに指をかける。何を思ったか男が、幸いなのかどうか分からないがなまえの方に向かって、通りを一直線に駆けだしたからだ。それ、自首って言うんだよ、もし無事にすめばそう教えて差し上げたいと思う。
男が通り抜ける一瞬、その大木のような腕をがっしりとひっとらえて、路地の方へひきずりこんだ。勢いに巻き込まれてアスファルトの上をもみくちゃになりながら転がり、反動をつけて何とか先に立ち上がったなまえがさらに男を階段下のごみ置き場に押し込む。

「あっ、ちょっとおまわりさん!今の男、俺のかばんとってあっちからでていきました!」

男がしたたかに打ちつけた頭をさすりながら身を起こした頃には、足音があわただしく遠ざかるところだった。何が起きたのかまったくわからないまま呆然とごみ袋に体を預けていると、路地裏にひきずりこんだ張本人が何食わぬ顔で帰ってきて、男に向かって手を差し出す。


「立てます?」
「お、おう、すまん」


絞り上げたワイヤーロープのような腕が、力強く男を引っ張り上げる。女とは思えない腕力だ。


「助かったわ、おおきにな。姉ちゃん」
「……姉ちゃん?」
「違うんか」
「いや、合ってますけど、初対面の人にそう言われたのは久々でちょっとびっくり」


姉ちゃんでなければなんだというのか。確かに背も高く化粧っ気のない面や起伏の少なく尖ってみえる体は、女らしいとはいえないかもしれないが、まさかこんなに線の細い男もいるまい、と冴島は思った。すくめた肩の薄さも、かすかに上げた唇も、女のそれである。


「そうだ、冴島大河さんですよね?桐生さんから聞いてませんか?」
「…ジブンが萩原か?勝手に男や思っとったわ」
「まあ、あの人の紹介じゃそうでしょうね」


どうせ頼りになる奴だから、とか信用のおける奴だ、とかそういう類の抽象的な説明でもしたんだろう、想像に難くない。


「それで、一体なにをお手伝いしたらいいですか?」
「笹井っちゅう男を探してんねやけど、なんか知らんか」
「どちらの笹井さん?」
「25年前まで東城会…まあ、ヤクザやな、その中の笹井組の組長や」


どうやら冴島は、なまえが3年前まで極道だったことどころか、桐生がその東城会の四代目だったことすら知らないようだった。桐生は本当に何も話さなかったようだ。今更手を挙げてヤクザでーすもないだろうと、あえて訂正はしないまま黙ってふむ、とうなずく。そんな男を探しているということはつまり、冴島は極道であるということか。疑う余地もなかった。関われば厄介なことに変わりはない、となまえはもはやくせになったため息をつく。伊達さんすいません、どうやらしばらく仕事はできそうにありません。


「姉ちゃん若いし、そないに昔のこと分からんよな」
「ああ、まあ…でも調べてみます。何か分かったら連絡しますね」
「…?どうやってや」
「え?携帯もってないんですか?」
「けいたいってなんや?」


きょとんとしている辺り、高度なボケというわけではないらしい。そんなどうツッコめばいいのか分からない大怪我必至のボケをさばけるわけがないので、本当によかった、となまえはむしろ胸をなでおろした。しかし今日び携帯を知らないだなんて、南米の奥地で狩りでもやっていたのだろうか。冴島の顔がだんだん怪訝な顔つきになってきて、なまえはあわてて口を開く。


「分かりました、じゃあなんかあったらこの番号に公衆電話からかけてください」
「なんかケタ多ないか」
「市外局番入れたら1ケタしか変わりませんよ」


渡した名刺の裏、なまえの私用の番号を冴島はじっとながめてからポケットに突っ込んだ。





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