いつの間にか、雨が窓を叩いている。透明なまだらもようをいくつも描いては流れていくのをぼんやり見つめた。


「ようさん降っとんの」


この天気にまるでそぐわない陽気な声の主は、振り向かずとも誰かわかる。灰色に霞んだ街の色濃い街路樹を見ながら、肌が千堂さんの気配にあわだち、私の意識は占領される。距離は保たれたままで、私も千堂さんも何も言わない。上がりなのかなとか、何してるんだろうとか、いくつも頭によぎるくせに、どれも今一つに思えて口には出せない。きっとこの雨に言葉を呑まれてしまっているのだ、予感めいたどしゃ降りに。

ガラスに手を触れると、形をなぞるように白く曇る。火照った指先が冷やされて、ジムで何やってんだろ、と冷静をいち早く取り戻した部分がひとりごちた。意を決して振り向くと、千堂さんは思っていたよりずっと近くにいて、思わず半歩あとずさる。


「傘、あるんですか?」
「あー、ないで。降るとは思わんかってん」


天気予報は珍しくズバリだった。 家を出る頃にはもう空は暗くなりかけていたから、私はビニール傘に手を伸ばしていた。それは今、ジムの入り口の傘立てにおさまっている。


「私の使ってください」
「いや、走ってくからええよ。ジブンが使い」
「ボクサーが体冷やしちゃだめでしょう」


しばらくにらみ合いが続いたけれど、千堂さんが渋々首を縦に振った。あの鋭い目を真っ直ぐ見つめることは私にはできない、とずっと思っていたけれどそんなことはなかったみたいだ。恐ろしいけだものなんかじゃない、いじっぱりな子供の目。


「……それに、迎えに来ますから」
「誰がや」


眉がぴんと吊り上がった。


「千堂さん」
「…はぁ?」
「傘、貸しますから迎えに来て下さい」


千堂さんは目を見開いて私を凝視する。それからため息とともに肩を落とす。


「車なんてないで」
「知ってますよ」
「せやったら相合傘でええやん」
「傘、小さいんです」


なんでそない面倒なこと、とでも言いたそうな顔だったので、潔く諦めようと口を開いた、私より一瞬早く千堂さんがぽつりと言った。


「ちゃんと待っとれよ」


私は首を縦に振った。 満足そうに私の頭を撫でて、千堂さんはぱっと表に飛び出すと、傘立ての中の一本を掠め取って走りだした。水溜まりを踏むたびに羽のように広がる飛沫と後ろ姿を見送りながら、あれじゃ意味ない、と苦笑した。


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