もみくちゃになって捨てられた白手袋が、泥まみれになってぐったりしていた。春の生温い雨がワイシャツを濡らし、ぺったりと肌に張り付く薄い生地が気持ち悪い。いっそこれも脱ぎ捨ててやろうかとボタンを外して、風の冷たさに思いとどまる。これはさっさと宿に戻った方がよさそうだ。嫌な鉛色で塗りつぶされた空に、いまにも息がとまりそうになる。

島に着いた途端、かの優秀な航海士にさえ予測させず雨は降りだした。ベールのような霧雨はいつまでも雨足を強くすることも弱くすることもせず、二人して出かけた私とゾロ君の頬を撫で続けている。これは神の思し召しだろうか、死ねばいいのに。


「災難だったね、ゾロ君」


乱暴な単語が飛び交った脳内は伏せておいて、前髪をかきあげ頭一つうえにある湿り気を帯びたマリモに微笑みかける。隆起するほど寄せられた眉間とか細められた目が、飢えた肉食獣すら怯えさせそうなくらい恐い。なにがそんなに気に入らないのだろう。たかが自然現象ごときにむきになったりして。うっとおしげに黒い手ぬぐいで荒っぽく頭を拭くゾロ君を眺めていたら、ふと、はらはらとパズルのピースが舞い散ってぴたりとはまる、そんな感覚に囚われた。ああ、きっと。うーん、と悩ましい声は思ったよりもわざとらしい響きを含んで、沈黙を裂いた。


「……雨の中向き合う、というのも私としては悪くないと思うんだが」
「おい、」
「そうだな、晴れ舞台、ともいうし」
「おいっ!」
「視界は明瞭な方が見届ける側としても、闘う側としてもいいだろうから、だから」
「なまえ!!」
「明日、晴れるといいな」


ほたり、ほたり、と空が泣く。それが何を暗示するのかなんて知りたくも考えたくもない。どっちが、死ぬ、としても、その大舞台を止めることなんて誰が許す。野望の実現、大層なことじゃあないか。万歳して送り出してやるべきだ、ろう?明日の快晴を祈るなにが悪い?頭のてっぺんからつま先まではっきりそう思っている。当たり前だ。なぜならゾロ君が敗けるわけ、死ぬわけ、ないのだから。ぐいっと、大きな皮手袋のような手に顎を捕らえられて視線がかちあう。笑おうとしたそばから顔じゅうの筋肉が強張っていく。


「もういい」


ゾロ、君。

誘われるまま甘ったるく唇を動かしさえすれば、そんな私の不安定すら全部なにもかもかっさらって抱き潰して飲み干してしまいそうな、破壊的で優しさ溢れる彼の救済がかえって怖かった。そうやってなにもかも許してしまわないで。甘やかしたりしないで。

私の唇が言葉を吐き出すことは叶わなかった。荒々しく乱暴な襲撃が彼の唇によって行われ、これ以上聞きたくないとでもいうように彼が奪い取っていってしまった。そんな春の嵐のような温くも激しいキスを受け止めながら、私はまた明日を思う。雨をしっかりしのいでくれているはずの軒下で、温い水滴が静かに頬を濡らす。



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