七武海と、海軍本部少将。文字にしてしまうか口に出してしまえばそれはいっそ悲しげなほど、色気もへったくれもない関係性である。それはお互いに与えられるか求めるかした役職でしかないのだから、当たり前だ。

男と、女。生物学上は、と付け足してしまうところが私の臆病なところだ。しかしそうでもしないと、覚えのない知人に笑いかける時とか、完成度の低い冗談を聞かされているときのような、あの気まずさがどっと押し寄せてくるのだから、仕方がない。

反逆者と、反逆者。これはまだ、未満だった。今まさに護送船に収容された彼はともかく、私はまだそうと呼べるような行為について、実行していない。するつもりなだけだ。なんだか言い訳じみてきたな。


「……何しにきやがった」


ひどく掠れて弱々しい声だった。もう体を起こす元気もないくせに、背中越しに合った目だけがいきいきと殺人的な光線を放っている。私は小柄なほうではない、むしろ長身ではあるけれど、少なくともその2倍はあったと思った体はいつの間に押しつぶされたのか、たいした差はないように思えた。


「お別れの挨拶に、かな」
「失せろ」


随分な挨拶だな。

海楼石の鉄格子に背中をあずけているから、彼からは私が背負った彼の嫌いな2文字しか見えないはずなのに、なぜ嘘がばれてしまうのだろう。私はなぜ嘘がばれたと分かるのだろう。いつから、そんな心を交わすみたいな美しい真似ができるようになった。


「君と話す時はいつも二人きりだな」


そうだ、いつも。突然ふらりと現れる私の受け皿は、一人で使うには広すぎて寒々しい彼の執務室だった。お膳立てされすぎた空間でしたことを今思い浮かべると何だかお互いにらしくもないことばかりであったのに気づく。男と女が同じ部屋でふたりきり、会話のお手玉とはな。ふ、と緩んだ口元から空気が漏れて逃げ出した。


「くだらん世間話にいつまでも付き合ってやるほど、おれは優しくねェぞ」
「だからって、今の君に何ができる」


何もかも奪われた君が、どうして私を殺せるんだ。

いや、初めの初め、出会ったときから君は私を殺そうとしたことなどないくせに。それが歯がゆいような、いつの間にか忘れたのか生まれた時から知らなかったのかも分からないようなあの温かさで私を苦しめる毒であることなんか、君は知らないだろう。


「なあ、クロコダイル君、脱獄する気はないかい?」


もう一度首から上だけ振り向くと、相変わらず獣じみた両目に揺らめく殺意の炎が、乱れたオールバックの向こうから私を見上げるばかりだった。それはふうっ、と誰かに吹き消されたように一瞬強くきらめいて、消え失せた。


「もうシャバにでたところで面白みはねェ」
「…そうか」


一瞬にして決裂した交渉に私は何の未練も感じとれず、彼から力を奪い去る格子から背を離す。答えは初めから知っていたような気がして、だけど彼のその諦めに似た悲しみを私の中に認めたくはなくて、いつだってお互いの間に横たわっていた与太話をいつものように繰り返した。そうすることしか、引き延ばすすべを知らなかった。そうしてようやく知るのだ。いったいあの猛毒がなんであったのかを。こんな終わりに近づいてようやく、思い知る。


「さて、そろそろさよならだな。失礼するよ」
「……おい、なまえ」


鉄格子から背を離した私を、クロコダイル君が呼びとめた。いい加減もういいだろうと半ばイライラしながらなんだい?と返すと、しばらくの沈黙が私たちを覆った。それでも呼びとめたのは彼なのでそっと黙って待っていると、枯れた声でぼそりと、私を崩壊させかねない一言をなんでもなく呟いた。


「元気でやれよ」
「…っ」


バカじゃないのか、君は。どうして最後になって、最期になって、そんなこと言うんだ、心配しているみたいな、まるで、そうだ、うぬぼれて、勘違いしてしまいそうな、そんな一言を今言うんだ。

過ごした年月の中で必死に築いてきた防壁はぼろぼろと脆くも崩れ去った。私は最早冷静さを保つことはできなくなっていた。背後で性悪の男が大声で嗤った。おれの、勝ちだ。最後の最後でいつもの駆け引きに敗北した私を慰めて抱きしめるはずのあの腕は、もう届かない。





titled by 模倣坂心中



← →


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -