優しくしてくれとは言わないけれど。


「せめて夜中に呼び出すのやめてくんない?」


いらえはなかった。夜は随分冷え込むようになってきたというのに、その人はまるで地球の変化なんか知ったこっちゃないとばかりに意にも解せずタンクトップとトランクス姿で堂々寝そべって、水着姿の若い女の子たちが大縄とびするのをひたすらに見つめていた。どの子もかわいかったけれど、きっとすれ違ってもそうとはわからないだろう。一体どんな思いで、とお節介じみた同情を向けてみるものの、そんな義理はないのでやめた。そもそも、私はあの場所に行くことだってできないのに。


「ねえ」


つま先を肩甲骨の間にめり込ませる。柔らかな広背筋がゆるく身じろいで、しっとりぬるい体温と皮膚、その下の肉を感じて、そっと突き放す。それすらもいじらしい仕草ではなくどこか雑さがにおった。


「んだよ」


こちらをちらりとも見ないで、苛立ち露わな声音に、後悔と動揺が腹の内をぐるぐる回り出す。どうしよう。ぴくりと体の内側が跳ねて、脳みそが冷や汗をかき始めた。しかし私の便利な口は「べつに」と即座にプログラム通りに動く。同時に後ずさりにも似た動作で素早くその背中から離れて、スポーツドリンクとカップラーメンでいっぱいの袋から、場違いに紛れ込んだスミノフを探り出す。
おびえる私に気づいているのかいないのか。それはやさしさなのと問うてしまいたくなっては開いた唇を透明な瓶の口でごまかす。炭酸と少量のアルコールが喉を焼いた。
折りたたみ式の机の上に放置されたコンビニの袋に、大木の枝が絡まってできたような腕が無造作にのびる。おなじみの青いラベル、のっぺりとしたペットボトルが選ばれてそっと姿を現す。体を起こしたので無音の横顔が窺えた。まだ微かに腫れたままの右目を携えたそれは、悔しいけれどうつくしかった。その話を誰かに漏らそうものなら、まず間違いなくキチガイを見る目で見られるだろうから、言ったことはまだない。けれど、目の前の人に伝わっている自信はある。にやにやしやがって。こっち見んな。
樹木が次にのびた先は少しずつぬるくなっていく手の中のスミノフだった。ひったくられて、私が手を伸ばすより先に大きなつくりの口元へと運ばれていく。その感触をよく知った、唇へ。あ、と思うよりも早く、光の速さで顔に血が集まる。

嵌められた。

嫌なしたり笑いを深めて、全部お見通しですけど、と言わずとも猛禽の目が笑った。ちょっと、さっきまでのイケメンはどこにいったの。帰っておいで。


「そーんなにオレ様が好きか?ん?」
「死ねば!?」


拳を振り上げたところで、10割の力では振り下ろせないことを知っている。余裕の笑みは壊れないままいとも簡単に手首をつかまれて、あっけなく腕の中へ引きずり込まれる。そのまま平べったい布団の上に倒れ込む。気づいていないのかもしれないけど、そんな嬉しそうな顔して、それが一番嬉しいんだって、ああなんてばかなんだろう。


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