音もなく降り続いては積もる。知らないあいだにそっと閉じ込められて、いつの間にか息ができないほどに。





しばらく帰っていない、閉まっているとばかり思っていた我が家の鍵が開いている。思わぬ展開に真島はついにんまりする。雪に湿ったスーツの肩も、溜め込んだフラストレーションと疲労で気だるかった体もまるで気にならなくなったことを自嘲しながら、カード型の鍵をポケットに押し込み中にはいると、すぐに想像どおり暖かい空気が体を包んだ。だらしなく緩む頬を自覚しながら、リビングに足を踏み入れると、やはりお目当てのものが殺風景な部屋のベッドに寝そべって読書に勤しんでいる。彼女を濡らしてしまわないようジャケットを脱ぎ捨てネクタイもいささか乱暴にほどいて、真島の通ったあとに点々と足跡のように残るそれに目もくれず、うつぶせでずいぶんと無防備な薄着の背中に覆いかぶさった。


「帰ったでなまえチャン」


跳ねた語尾にも反応はまるでなく、なまえは一心不乱に赤いシートをページにかざしていた。昼寝でもしていたのか、ゆるく波打つ後頭部の襟足をすいてやるものの、あまりいい気分ではない。むきになって、革の手袋を取り去って、女の子なのにトランクスの、はしたない裾に指先を忍ばせてやった。


「ひっ、ぃ」


とろけた声をすんででこらえた、ひきつれた音を喉で鳴らして、なまえは不届き者を振り返っていらいらと見つめる。太ももの内側から外側に向かって舐めるように撫でると、体をひねって存分に柔軟性を活かした殺人キックがうなりをあげた。しかし真島はなんでもなくそのなまっちろい華奢な足首を掴む。


「何読んどんのや?」
「くそつまんない日本史の一問一答」


当たったらただでは済まないだろう豪速で本の角が真島の眉間に迫った。ぱたりと繊細なつくりの足がシーツに埋もれ、これも見事に鼻先でつかんでみせた真島は、びっしりと細かな活字が並んだ紙に眩暈を覚えすぐに閉じた。そんな硬質なものより、この柔らかな体に触れているほうが余程いい。背後にそれを放り捨てる、フローリングに叩きつけられた紙がひしゃげる快音。非難がましい目を避け、冷えた唇を日に当たったことがないようなうなじに押しあてる。ひくりと皮膚が引きつって、組み敷いた体の緊張をそのまま伝えてくる。


触れるのもつながるのも、いつのまにか億劫になってそのまま。同じようにすり合わせるには途方もない熱量が必要で、空になってしまうんじゃないかと怖がる無意識を認めるくらいなら、全部見なかったことにしたらいい。けれどなまえの低体温は、そうやって築いた脆い雪の壁を溶かしてしまう。



「明日テストなんだけど」
「ええやん、温めてや」
「……うーわさいあく、ぜったいやだ。むり。ない」


かわいくない口をふさぐ代わりに、スウェットの裾をまくりあげる。白皙の、傷一つない腰の流線に眩暈を覚えてわらった。

雪はまだ降り止まない。二人分の熱のこもる部屋で、まるでふたりきり雪にとじこめられたようだなんて埒のないことを思った。



← →


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -