*CMパロです





たぶん、中学のときに流行ったドラマの影響だ。夜景のきれいな所でーとか、高級レストランを予約してーとか。そうやって手間も時間も惜しまずにするものであるという幼いながらになかなか抜け目ない固定概念。私の中ではもうずいぶん長いこと、人生においてとても重大なイベントのひとつであるというひそかな理想は覆らないままで。少なくとも、ベージュとグレーのルームウェアのまま家で寛いでいるときに聞く台詞じゃなかったはずなのだ。


「結婚しないか」


受話器の向こうが少し喧しい。ごおごおと風のうなるような合間にかたんかたん、たぶんこれは電車だろうか。えっ、と思わず漏れた声を追い掛けるように私は電話の向こうの相手をなじった。


「そんなこと、電話でいうかな」
「まあそうなんだけどさ」


のんびりした口調に余計に頭に血が上ってくる。質の悪い冗談だったらただじゃおかない。後ろで自転車がブレーキをかう甲高い音が、彼を擁護するように鳴った。


「普通はさ、プロポーズする場所はちゃんと考えたりしてさ」
「夜景の綺麗なとことかな」
「ちょっと高いレストラン予約したりして」


もしかしたら同じドラマを見たことがあったのかもしれない。頭の端でそんなことを考えながら、けれど、信じられない気持ちでいっぱいだった。顔が見えなくても、黙っていても、彼が微笑んでいるのはわかる。


「……電話でするか」


テレビを消した独りぼっちの部屋に響いたのは、咎めているとは言えないような涙声だった。私ばかり、そこに情けなさも混じってき、本格的に泣きそう。さらに文句を言いつのってやろうと開きかけた口を閉じさせたのは、来客のチャイムだった。

その時、私は気付かなかったのだ。

チャイムが耳元の携帯からも重なって聞こえたのに。


「…誰か来た」


立ち上がって、すぐの玄関に向かう間に、申し訳ないけど通話をきってしまった。灰色のドアの向こうに誰が立っているかなんて想像もしないで、私は何の気なしに、いつもどおりに開けた。
色違いの、お揃いの携帯を耳から放した、正義が立っていた。思わず手にしたままの携帯をぎゅっと握り締めてしまう。正義は柔らかいたれ目をもっとやらかくして、言った。


「結婚しよう」


泣き出してしまう瞬間はぶさいくすぎて、もしかして取り消されてしまうかもしれない。私は返事もせず正義の胸に飛び込んだ。



← →


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -