25年で体に染み着いたくせなのか、バカみたいに大きなベッドと頭を乗せればふんわりと優しく包み込んでくれる上等な枕がありながら、腕を枕代わりにして大きな体を窮屈そうに畳んで眉間にしわ寄せ冴島さんは眠っている。ちっとも休めているようには見えない。けれど極力音を絞っているとはいえテレビもついているし私が動く気配だってするのに起き出してこないということは、熟睡しているのだろう。
冴島さんのサイズに合わせてこれでもかとばかりに巨大なソファーに膝をかかえて座り、大して面白くもない朝のニュースに目だけ向ける。殺人、不倫、汚職。朝も早くから気の滅入る話ばかりで、チャンネルを回す。どこも大して変わらない。
そういえばこれを買うときも、冴島さんは普通じゃないくらいおののいていた。でかい、だの薄い、だの、圧倒されすぎて単語のみを発しながら、まるで浦島太郎みたいに。それから洗濯機が二層じゃないと驚いていたので、今の洗濯機は全自動斜めドラム式なんだよ、と教えると、むっつりした顔で日本語でしゃべれや、と言われてしまった。そのあともデジカメとかipodを指さしていちいち驚く彼はなんだかかわいらしくてくすくす笑ってしまったせいで、帰ってからは一晩中機嫌が悪かった。


「・・・起きとったんか、なまえ」


もぞりと上体を起こした冴島さんが細い目でこっちを見た。思い出して頬を緩ませていた私をいぶかしげに一睨みすると、また布団にもぐりこむ。この無防備さだ。それがあんまりにも危うくて心配でならない。時間の流れない塀の向こう側からやってきた彼は、25年の空白がもたらした急激な変化についていけないままで、人も町も記憶の中そのままなのだ。なんて愚直な。そう私が羨む意味すら、わからない。
微かなうめきが、こんもりとした羽毛布団の奥から聞こえる。さながら虎の鳴き声だ。真実が分かった今でも、過去にさいなまれている虎の、悲しい雄たけび。けれど彼は野生ほど自由ではなくて、誰かのためだけの牙であり爪であるのだ。現に、いまだって。

同情じゃ、なかった。憐れみでも、庇護欲でもなかった。そうやってひとつひとつ可能性を消して、残るものが必ずしもうつくしいとは限らないことをすでに知っている私は、真実の周りをうつくしいもので囲む。彼がそこまでたどり着けないように。無垢なままの彼が、それを信じてしまうように。

「冴島さん」


そばまで寄って呼ぶ。真っ白な山が、いっそう震えた。その端から筋肉質な腕がぬうとのびて、私を中へ引きずり込む。薄暗くてむわりとするしめった熱気のこもるそこは、胃袋にも巣穴にも思えた。裸の上半身がTシャツ越しに高い体温を伝えてくる。逃すまいときつく獲物をかき抱く虎の腕の中で、首筋に顔をうずめた。

直系組長というのがどういった種類の圧力なのかちっとも知らないけれど、もしそれがこの人の頑強な外側すら破壊してしまうものなら。愚かしいほどの真っ直ぐさを奪ってしまうようなものなら。考えただけでも恐ろしくてたまらなかった。そうならないためなら、どんな犠牲をはらったっていいと思えた。非力なばかりのただの一般人が、極道の幹部に対して持つ感情ではないかもしれない。けれどその尊さのために、あらゆる矢面に立つことだ。それしか、ひねくれ者の私には残されていない。


「また、アホみたいなこと考えとんのか」
「だって冴島さんが苦しいから」
「ええから、寝ろ。こうして寝とったら、俺もくるしないねん。それだけでええんや」


この人の低い声は、たぶん本人もわかっちゃいないけれど、脳にダイレクトに響く。無意識が冴島さんの言うことに従順なせいで、一気に眠くなってきた。いやだ、私までこの人の背中を頼るわけにはいかないのに。無駄な抵抗はよせとでもいいたげに、背中に回っていた腕が私の首の下に置かれる。片方の手はそのままで、ぽんぽんと背中で一定の感覚で弾む。子供じゃないんだけどなあ、とむしろ冴島さんの幼さにまた私は覚悟を決める。


「冴島さん、すきです」


だから、どうか。
そのあとに続く懇願まで口にできたかはわからないまま、私の意識はふわりととんだ。答えるように強まった片腕の力に引きとめられることもないままで。




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