※蜂蜜と太陽の続きです



次は煙草を吸ってみようか、なんて考えるくらいには、わたしはまだまだ余裕らしい。実際の手順をゆっくりと反芻してみて、まず学校から700メートル先の自販機へ歩いていくために昇降口に向かうのが面倒だった。それよりここストーブ入ってないから寒いんだけど。いつから置いてあるんだか埃と黴の匂いがしみついたえんじ色の毛布を躍起になって体にきつく巻き付けて丸まっても凌げそうになく、このままでは冗談でなく凍死してしまいそうなので、それくらいのやる気は出そうかと、わたしはようやく昼前の部室を逃れるために重い腰をどっこらせと上げた。




さっきまで人がひしめいていた空き教室には、脱ぎ捨てられたばかりの服のように、ぬるい体温の名残が渦巻いている。誰かの体内にとりこまれたみたいで気持ち悪かった。寒いほうがまだましだ。見たこともない、知らないクラスの2時間目が陽炎になって揺らめいている。静かな教室には時折紙をめくる音と、何かを書き付ける音、誰かの寝息が満ち、無味乾燥の冷たい空気が教室を人数分に分割して、空間たちはおしあいへしあいしながら領域を奪われないよう、でもお互いの部屋を壊してしまわないよう、慎重に膨れ上がる。その前では教師なんかただのスピーカーでしかなく、酸素を奪われたわたしは深く息を吸うために脱走したのだ。誰もいない教室は廃墟のビオトープのように厳かに沈黙している。目元に降りてきた金の前髪はいまだに自分でもどきりとして落ち着かない。指先で払うと、窓際の一番後ろ、わたしには一番前よりお誂え向きの席に座って頬杖をつきながら、さっき思い描いていた昇降口を見下ろした。

ちょうど、肩で風を切って、迷いも恐れもない潔い足取りで、我が校の誇るアイドルが重役出勤なさるところだった。噂好きな友人のいうところによると、彼はプロボクサーで、ときどき遅れてくるのは試合後の精密検査のためなんだとか。別にどうだっていいんだけど。わたしの中の宮田くんは、あの冬のテストの日、消しゴムを忘れて真っ青な顔をしたままで、それだけ。呼んだら振り向くかなと気まぐれにぽそりと渇いた唇を動かしてみた。


「宮田くん」


2階で窓も閉まっている。のに急に立ち止まって、迷うことなくわたしのいる教室の窓を見つけた二重で切れ長の、研ぎ澄まされたうつくしい両目。だんだんと見開かれて、急に気まずくなったわたしは手を振ってみる。むっとしたのが遠目にもわかった。ずかずかと昇降口に入っていってしまった背中に向けて、もう一度小さく手を振った。





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