噂は決めつけから始まる。決めつけってのは対象をよく知らない奴が始める。よく知らない奴の決めつけの仕方ってのは、大体見てくれから考える。
そんな連鎖の仕方を俺は冴島から聞いた。
「シナモンロールと、ソイラテひとつ」
「ソイラテのサイズは何になさいますか?」
「トールで」
甘いのに甘いのを重ねる女の頭ってやっぱり腐ってると思う。脳味噌の半分砂糖で出来てるんじゃねえの? と、今度冴島に聞いてみようか。
「──筒石!」
呼びかけられて肩が震える。何か、と隣を向けば店員と共に弥生がこっちを見ていた。
「筒石は?」
「あー…アイスティーのショート」
いつものように奥のカウンター席に並ぶ。目の前のガラス張りの外にはビルと高速道路。ザ街中って感じだ。
弥生はソイラテを一口飲んで大きく息を吸って、吐く。本人曰くこれは溜め息ではなく深呼吸なんだとか。恐ろしくどうでも良いけど、なんでか覚えていた。
俺は、というとアイスティーと向き合っていた。この時期にアイスかよっていうのと、頭の中ではコーヒーを考えていて、ショートを頼んだ数分前の自分に感謝したい。
「彼氏良いのか?」
「え? 野宮のこと?」
「うん、確かそんな名前」
「別れた。結構前に! わっざわざ馬鹿なふりして近付いて付き合えたと思ったのに、すぐ違う女の子のとこ行ったり冴島さんのとこ行ったりして」
唇を尖らせる弥生。まあ、気持ちは分からなくもない。
わざわざ馬鹿なふりって、女って本当に怖い。やっぱり脳味噌が砂糖で出来てるだけある。
ちなみに野宮は毎回英語で赤点を取る馬鹿。職員室に行くといつも教師に単位くれって頼んでいる。その馬鹿が付き合おうと声をかけるのはいつも自分より馬鹿な女。
そのくせ学年でも頭の良い冴島とも絡んでいる。本命は冴島だという噂も聞くけど、真実はよく分からない。
「筒石、今日も言われてたよ。逆援交してるって」
何でもないことのように弥生が口にする。
シナモンロールが半分に分けられていた。
フォークもふたつあって、半分くれるらしい。
甘いものは遠慮したいけど、一応貰っておく。
「今に始まったことじゃないからいい」
「良くないでしょ。あの馬鹿女、担任に告げ口までしてたんだから。筒石にふられた腹いせに」
「へえ」
口に入れた瞬間に広がるシナモン。これ苦手かも、と思ったが後の祭り。
逆援交してる。
そんな噂が立ったのは、高校に入って最初に告白してきた女をふってから。素行もあまり良くない俺の印象がそれで固まるのに時間は長くかからなかった。教師からの目も厳しくなった。
そんな中でも例外はあるもので、冴島然り隣に座る女然り。
俺の返事にほとほと呆れたみたいな顔をして、頬杖をつく弥生。その格好、恭一郎に似ている。と、前に言ったら嫌そうな顔をされた。
「…本当筒石ってテキトー男。こっちが落ち込む」
「ホ別3で慰めてやろっか」
「あんたの頭の中には反省って文字がないのか! つか埋め込んであげるわ!」
それは遠慮しとく。俺の頭の中まで甘くなりそうだし。
「弥生もその尻軽みたいなの辞めれば? 恭一郎ママの心配も絶えねえだろ」
「あたしは好きでやってるの。恭一郎は関係ない」
「かわいそー」
意外に報われないんだわ、俺等って。
見てくれがだらしない俺は逆援交してることになってるし、弥生は馬鹿男に媚びを売る尻軽女になってるし、恭一郎はそんな弥生の保護者だと思われてる。
前は結構、人の目を気にした。でも今はどうだって。人に何言われても変えられない自分になって。
本当、笑えるよ。
「恭一郎にもこの前同じこと言われた」
「何を?」
「反省しろって」
しかもここの席で。
というのは伏せておいた。弥生は絶望感溢れる顔になったから。
噂が絶えなくても、こんな風にちゃんと毎日学校に行けてるのはこうやって世話好きの奴等がいるからかと思うと、有り難い。
「…これ甘くね?」
最後の一口を入れて、呟く。
「普通だよ。筒石、頭腐ってんじゃないの?」
「それをお前に言われんのは屈辱だわ」
スティグマ
20140228
彼の教育彼女の時間書いてから半年経ってる…!
だらしない筒石のお話。ちょくちょくどっかで見た名前が出てきますが気にせず読んでください。
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逆援交はやっちゃだめです! 絶対に!