あ、あの子だよ。ほら、あのピンクのカー ディガン着た子!

マネージャーたちの話し声が耳に入った。柔 軟を中断し、足を左右に開いたまま顔だけを そちらに向ける。 遠目なのに、はっきりとわかる、彼女……、 いや、彼が纏う独特の雰囲気。 嗚呼、あれが噂の子か。そう納得し、足の筋 肉を伸ばした。 怪我は禁物なのだ。公式試合が、もうそこま で近づいている。

目を逸らしたが、頭の中でその光景だけは焼 き付いて離れてくれなかった。 青空の下で、くっきりと映える、長い紅髪。 周囲から浮くようにして、それは存在を主張 していた。

彼の噂を聞いたのは、本の数日前。入学式が 済んでから、恐らくは二週間ほど後のこと だった。 クラスメイトも話題にしていたのかもしれな いが、そんなものが自分の耳に入るはずがな い。彼の存在を知ったきっかけは、幼馴染の 一言だ。

“相澤の男装の次は、女装の姫通だとさ”

そうなんだ。 その時は、それで流していた。関係無いと、 思っていたから。

自分たちの二つ下から、私服制になった。今 まで慣れ親しんだ制服が見受けられなくなっ たのは悲しいが、羨ましいという気持ちの方 が大きい。

部活動見学に来ている女生徒を横目に、部室 へと歩を進める。 擦れ違う同輩に、後輩。見慣れたそれを身に 纏う彼女たちは、自分に声をかけてくれる。

こんなもの、穿きたくなかったのに。

アイロンを毎日かけているために、くっきり と綺麗に残るプリーツ。それを指先でつまむ と、彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。

自分の性別は、これなのだ。彼らと同じピッ チに立つことは許されない、それ。

「部長! 今日の練習ですが」

声をかけてきたのは、次代のトップとなる部 員。

着替えを終え、後頭部できっちりと黒髪を結 い直している自分に、彼女はいつも緊張した 面持ちで声をかける。 そんな彼女の緊張を少しでも解すには、にこ やかな笑みを浮かべ、応答することが必要な のだ。

いつもと変わらず、柔らかな口調、笑みで彼 女の質問に受け答えをする。 自分を見つめる彼女の瞳は、きらきらと輝い ていた。

きっと、彼女は自分のことを過大評価してい る。 手に届かない神聖的な、何か。 きっと、彼女の中で自分はその位置にいるの だろう。

ふと頭に思い浮かべたのは、青空に浮かぶ 紅。 先日見たその光景が、頭から離れない。

あの紅髪は、異性装をするらしい。 相澤雪のように、強制されたわけではなく、 むしろ、自主的に。

ずっと、大嫌いだった。 敵わない筋力も、持久力も。 そして、違いを見せつけるかように丸みを帯 びる、この身体も。

彼も、そうなのだろうか。 一見、女性らしさに溢れている、紅髪の彼 も。 自分の何かを、嫌っているのだろうか。 だから、自分の本質に背くような行為を、望 むのだろうか。

自動販売機で買うのは、決まって緑茶か水 だ。スポーツ飲料は、マネージャーが放課後 用意してくれる。 ごとん、と鈍い音を立てて落ちてくるそれを 拾い上げた。

風が吹く。 外に設置されている自動販売機に身を寄せな がらも、グラウンドの上に広がる空を眺め た。

今日は、曇天。 鬱々としたその雰囲気に、少しだけ気を沈ま せる。 あまりにも暑いと部員の体調を心配してしま うが、こうも不安定な天候だと部活をする気 も失せるだろう。 勿論、自分ではなく部員の、だが。

小さく溜息をついてから、ペットボトルの キャップを回した。 苦味を含んだ液体で、喉が潤う。

視界に入るのは、じー、という音を発する大 きな機械。 それは、“売切”の赤文字をミルクティーの 下で光らせていた。 飲んだことはないが、部員が持っているのを 見たことなら何度かある。

「買ってもいーですかー」

びくり、震えた肩。 誰もいないだろうと思っていただけに、心拍 数は僅かに上がっていた。 それを落ち着かせてから、静かに振り返る。

背後には、紅髪。

よく耳にする名前と、いつの日か遠目に見た 姿が目前の彼へと結びつく。

まさか、こんな近くで見ることになるとは。

邪魔をしてしまった申し訳なさと、隠すこと のできない好奇心。

「何をお買いに?」

そう声をかけた自分に、彼はそれでも表情を 変えず「ミルクティー」と答えた。

「げ、」

そう、小さく漏らされた声。

なぜ、自分はまだ此処にいるのだろう。 そう思いながら、冷たいペットボトルを傾け た。 もう十分に潤いきっているはずなのに、喉は 未だに水分を求めている。緊張でもしている のだろうか。

そして、彼は何も買わずに後方へ。 そんな彼を待っていたのだろう、派手な上着 を着た女の子は、ポニーテールの彼に「何も 買わないの?」と問いかけていた。

「俺はミルクティーの気分だったの。他は要 らない」

「姫の飲み物もらおうと思ってたのに。な ら、私がなにか買おうかな」

「菫ちゃん、今、お金持ってるわけ?」

あ、と、黒髪の彼女はそう漏らす。 溜息を吐き出した姫通涼に、“菫ちゃん”と 呼ばれた女の子。 彼女の背中には、白虎。 今年の一年生は個性豊かだな、そう思いなが ら二人を見つめていた。

帰ろうか、そんな会話が二人から聞こえたと き。 急に思い立って、彼らのそばへと歩み寄る。

元々、いつまでも居続ける自分に不信感を抱 いていたのだろう。 まじまじと紅髪に見つめられているのがわ かった。

白い液体を包む、青の水玉。 よく見慣れたそれを落とし、拾い上げた。 この短時間で、いつもの相棒に飽きたわけで はない。

「よろしかったら、どうぞ」

自分でも、何故そうしたのかなどわからな い。 ただ、こうしなければならない気がした。 どうにかして、彼と話さなければならない気 がしていた。

「あ、」

そんな声に振り返ると、いつの日か飲み物を 恵んだ彼がいて。

初めて接触をしたあの日と違い、彼の紅髪は 短い。 それでも男性らしさを感じさせないのは、変 わらず彼の格好や顔立ちが女顔負けの可愛ら しさだから。

「次、決勝らしーですね」

「はい、有難いことに順調です」

「じゃあ、優勝したら」

飲み物でもおごりますか。

ひらひら、白く綺麗な手を振る彼。どこか 吹っ切れたような、すっきりとしたような、 そんな雰囲気だった。 その華奢な後姿を見つめながら、一人で笑 う。

覚えてくれていたのか、と。 律儀に、あんなことまで。 忘れられているものだとばかり、思っていた のに。

不思議な人だ。 てっきり、周囲なんて切り捨てるのかと思っ ていたから。

「和樹ー、なにしてんだよー」

笑い続けている自分を呼ぶのは、大切な幼馴 染。 拗ねたように発せられるそれは、聞き慣れて いてどこか温かい。

そんな彼に返事をしてから、カバンを肩に掛 け直しつつ足を動かした。

周囲の風景が、目端で流れては消えてゆく。 先へ先へ、と爪先は進路を決めて、進むの だ。 世界も、私も、そして、彼も。 後ろにも、前にも。

なら、時々、立ち止まったって良いだろう。

「昌一、今度、公園に行こう」

「公園?」

「そう、よくお兄ちゃんと昌一と私でサッ カーした、あの公園」

後ろを振り返って、休んで。 そうして、進む元気が出たら、また歩けばい い。

世界の隅っこで少しくらい休んだって、誰も 責めはしないのだから。

(紅に染められた空に、彼は優しく溶け込ん でいた。)

隣で遊ぶ白虎は、その紅を受け入れ、そして 包むのだろうか。





   


***

HMBちゃん宅の子!(タイトル続き) 0時ぴったりに送りたかったのに遅くなってご めんなさい、しかも勝手に姫と菫ちゃんをお 借りしてごめんなさいぃぃぃぃぃ!!

私が書くと違いすぎて、あの素敵な子達を書 くことは出来ないと改めて思いました……。 本当にごめんなさい、でも本当、みんな好き です。

貴方の書く文が、 貴方が創る子たちが、 そして、貴方が大好きです。

現実の汚れすらも綺麗に感じさせてしまう、 そんな不思議な物語。 本当に、尊敬しています。 これからもずっと、大好きです。 第一のファンでありたいと願うくらい、とて もとても大好きです。

姫を書かせてもらおう、と決めてから、作品 を読み直して。 嗚呼、やっぱりすごいなぁと、改めて痛感し ました。

お誕生日おめでとう、 生まれてきてくれてありがとう。

これからも、よろしくお願いします。 いつだって、力になれる位置にいたいと願っ ているのです。

大好きなHMBちゃんへ。 貴方の一番のファンより。

20130503



  

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