音楽を聴いて浸っている時、誰だって邪魔をされたくないだろう。
トントンと控えめに肩を叩かれた。気付かないフリをしようとしたけれど、それもな、と思って振り返る。
「やっと気付いた、おはよう。誕生日おめでとう!」
ひらひらと掌を此方に見せた史乃が同じように音楽を聴いていたみたいで、片耳にイヤホンをつけたままだった。あたしもヘッドフォンを首に下げる。くるくるとコードをミュージックプレイヤーに巻き付けた史乃は隣に並んだ。
並ぶとあたしの方が少し背が高くて、鞄を通路側に移動させる。
「ありがと。そっか、今日誕生日だ」
「忘れてると思った。だから、朝一番にね」
「うん、朝一番に聞いた声だった」
「そういえば今日朝練ないの?」
「水曜はいつもない。史乃はマネージャーないの?」
「今日寝坊しちゃった。まあ今日くらいはね!」
くらいはねって。親指を立てた史乃はニコニコしながらトコトコと歩く。華奢な脚は白くて折れそう。
「そんな緩いと先輩に呆れられるよ」
「今日は今年初めてなの! だから大丈夫、なはず」
史乃はバスケ部の部長に片想いしているらしい。ふあ、と欠伸をしながら空を仰ぐ。そんな想いからは、目を逸らした。
言われたことを気にしているらしい史乃はそのまま喋らなくなった。ちょっと言い過ぎたかな、と思って口を開く。
「大丈夫でしょう、いつも朝早いんだから」
「…そうだよね?」
「うん」
だよね! と腕に絡んだ腕。そのまま校門を通ると、先生たちに「仲良いね」と笑われた。
授業が終わって更衣室でユニフォームに着替えた。体育倉庫の鍵を指でくるくると回しながら誰も居ない教室に戻る。机の中から忘れていたノートを出して、鞄に放り込む。O型に間違えられるA型。
開いていた窓を閉める。それから、ふと教室内に人の気配を感じた。
振り返っても誰も居ない。教室の扉の向こうにも人は居ない。
後ろの扉の傍にある掃除用具入れに近付く。横を向くとうずくまった史乃が見えた。
「びっ、くりした」
声が漏れた。へらへらと笑った史乃は未だセーラー服のまま。マネージャーだってユニフォームくらいある。
「何やってんの? 腹痛?」
「うん…」
ふらり。立ち上がった史乃が磁石が吸い付くように、こちらに来た。真正面から肩にぶつかる。
ぶつかると言っても、軽くトンと音を立てただけで、あたしはよろけもしなかった。ぎゅう、と服の裾を掴まれる。肩を支えるように手を上げたけれど、やめた。
「先輩がね、大学生の、去年卒業した先輩と付き合ってるんだって」
「…うん、」
「だから、そういう風には見れないって…」
掴まれた裾が引っ張られるのを感じた。
自分の中に渦巻く感情を言葉に出来ない。悲しみ、怒り、少しだけ喜びが含まれているような。
ぐずぐずと史乃が鼻を啜る音が聞こえる。何か言葉をかけなきゃいけない、友達としての言葉を。
史乃の肩から茶色い髪がサラリと落ちた。
少し低い背中に手をまわした。もう戻れない? 知ってる、最初からそうだった。
認めたら終わり、そうだったら良いのに。
あたしが史乃に抱いた想いは、これからもずっとあたしを苦しめる。
「一杯、泣こう」
「…うん?」
「一杯泣いて、新しい良い人見つければ良いんだよ」
少し低い背中に手をまわした。思ってたより薄い肩と項を抱き寄せる。
感謝の意からか、史乃もあたしに寄りかかってきた。
「ねえ、先輩ってまだ部活中?」
「うん、多分…。どうして?」
上目遣いで史乃が此方を見た。その瞳に涙が溜まっているのが、教室に差し込む光に反射して分かる。
後頭部を優しく撫でて、あたしは吐き捨てた。
「抹殺してくる」
はぐ。
Happy birthday to you!
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女の子が相手の女の子のこと好きで、でも相手の子は男が好きで、フられちゃって、女の子が怒り狂う話。
私が覚えているだけかもしれないその内容。いつか夕月さんがウキウキしながらいつか…!と仰っていたのを聞いて、誕生日に書こうと胸に刻み込んだ所存でございます。(そして決してそんな内容にはならないのであった…
夕月さんの作品は人柄が出てるなあ、といつも見て思う。温かくて、言葉を大事にしている所、思いやりがある所、他人には真似出来ない素敵な文章。そのうえ、向上心旺盛な夕月さんを見てると、きっと太陽の傍まで登りつめるんじゃないかなあと思ったり。
現実においても、沢山ご迷惑をおかけしております…沢山ありがとう!
そしてお誕生日おめでとうございます!