「わざわざすみませんね」


皮肉とも取れるようないつもは遣わない敬語に、背中に声がかけられる。風に乗って、ふわりと花の良い香りがした。

振り向くと、墓場にはまるで不釣り合いなワインレッドのワイシャツとデニム。服装にまるで溶け込んでしまいそうな彼岸花の束を持っている。

薄情そうな顔であたしを見て、少しだけ目を細めながら首を傾げた。口元が彼に似ていた。

「殺し屋の命日覚えるなんて、馬鹿くらいだな」

「ここに馬鹿が二人」

「世界で二人だけ」

殺し屋の墓場の前で、寂しい二人ぼっち。
確かに、世界でここだけだろう。

「まあ、俺は弟だし。梢は忘れらんねえよな」

彼岸花を供える花屋。それはそうだ、兄が撃たれた日を忘れる弟が何処にいる。

あたしだって、忘れたりしない。


「好きな人、バラされたからね」


手を併せていた花屋がこちらを振り向く。

あたしの手には、未だ供えていない花束が宙ぶらりんになっている。次にその花を見つめて、口を開いた。

「クコの花なんて、うちでも扱ってねえよ」

「自家栽培だから」

「そらすげえ」

可笑しいと思っていないような笑い方。そんなところ、兄にそっくりで嫌になる。


「でも、そんな花を持ってきてんなら、兄貴のことを少しでも許したわけだ?」


勘の良い所も。

あたしはクコの花を花屋の置いた彼岸花の横に置く。墓石に彫られた殺し屋の名前が、目に焼き付いている。

去年も同じことを思って、同じことをして、同じ会話をした。
殺し屋一人死んだって、世界が泣くわけでもあるまいし、寧ろ消える命が増えるわけで。そんな人間に優しい世界は、誰が死んだって時が止まるわけではない。

じゃあ一体世界は何に優しいんだろうね。


「兄貴は、梢のこと好きだったよ」


墓石に向き直って、花屋は呟くように言う。聞いて欲しいのか、聞いて欲しくないのか、どっちだ。

だから、あたしも「そう」と呟くようにしか返せなかった。今更他人からそんな言葉を聞いても、ときめきも何もありはしない。

「お前を裏切ったのも、好きな人バラしたのも、全部。梢が好きだったから、っていうのはもしかして許した要因に入ってたか?」

「裏切ったとか、バラしたとか、簡単に言ってくれる」

「簡単なことだろ、ああいう世界に立ってる奴にとっては」

立ち上がると、見上げなくてはいけなくなった。あたしは合掌して目を瞑る。



学生の時。十一ヶ月分離れた誕生日の殺し屋と花屋の兄弟と、私は同じ学年に居た。

三人仲良く居たわけでも無いけど、程々に一緒に居た気もする。

その時から、私は梢で、彼等は殺し屋と花屋だった。

「梢の好きな人バラしてきた」

そんな言葉を殺し屋から聞くまでは。

もうその頃好きだった人に会うことは無いけれど。学生時代の友人達に会うのは躊躇している。

それはすぐにクラスに広まり、学年に広まり、尾鰭をつけて学校全体に回った。

彼の思惑通り、あっさりとあたしとあたしの好きな人の学生生活を狂わせた。

卒業してから会っていなかったけれど、ある日突然大通りを歩いていたあたしの前に現れた。

ブルーグレイのワイシャツとデニム。驚いて立ち止まると、彼は懐かしい笑顔を見せる。

「バイバイ、梢。愛してた」

す、と頬骨を撫でられた。



彼の中で、あたしはもう過去の記憶だ。
あたしの中でも、既に彼は過去の記憶。

「彼岸花の花言葉は、悲しい思い出」

「クコの花言葉は?」

「お互いに忘れましょう」

さよなら、殺し屋の彼。

路地裏ばかり歩いてきた彼は、青い空の下に埋められた。死ねば生きているうちにやったことが白紙になるなんてそんな都合の良いこと、無い。

手を離したあたしは立ち上がる。待っていてくれたらしい花屋は、欠伸をひとつ。

穏やかな昼下がり。

彼岸花とクコの花束を持ってくるような酷い人間はここにしか居ない。

世界で二人だけ。

真っ赤に染まった彼岸花の色が、彼の手の色と似ていた。

愛してた、と言った彼の手も、真っ赤だった。その赤に、記憶を染められそうになって。

手を取られる。赤に染まった彼が、現実に戻すように強く引くから、墓石から離れることになった。



“じゃあ兄貴、貰ってくから”



好きな人をバラされた。

彼はもう還ってこない。













20130314

殺し屋とか、そういうのはちゃんと生かさねばなりませんね。殺伐したのも良いけど、こーやってぼんやり終わるのも好きだ、と。思うんだけど、別に赤が特別好きなわけじゃないのに、作品に赤が多いな。













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