ジュゴンはカイギュウ目なんだってね、そう言うとあの子は笑った。
ポチャン、と水が跳ねる音がした。目を開けると小学生が道に出来た水たまりに長靴を突っ込んでいる。ああ、泥だらけにして帰るとママに叱られるんじゃないの、大丈夫なの、と心配している私だって、この前の試験は酷くてママに散々怒られたわけで。
信号が青に変わる。
信号待ちで目を瞑っていてしまったらしい。違う、決して眠っていたわけじゃない。ただ、まるでフラッシュバックのようなものが起きたから。
大きめの瞳を持つ、可愛いあの子。
傘の柄をしっかりと持ちながら横断歩道を渡っていく。小雨だけれど駅までの道のりは長くて、傘をささないと風邪をひいてしまいそうだった。今日の朝に気付いた骨組みの折れたところを気にしながら、歩く。
どうしてか、去年のこの季節も思い出す。冬に入りかけの寒い雨の日。
『ジュゴンてカイギュウ目なんだってね』
私は確かそう、あの子に言った。あの子はそれに
『それがどうしたの?ウララちゃんは将来ジュゴンの勉強がしたいの?それともジュゴンになりたいの?』
そう、馬鹿にしたように笑っていた。
私はそれに恥ずかしくなった。見破られてた。あの子は私が知識をひけらかしたいだけだったのが分かったんだ。子供心ながらに理解して、傷付いた。
あの子は今、どこにいるんだろう。
中学を離れて繋がりは途切れたから、今現在どこの高校に通っているのかも分からない。
ポチャン、と足元に水が跳ねた。水たまりにローファーを突っ込む私の足がある。
そういえば昨日の夜に、クラスメートが繁華街のファミレスの方へ歩いていくのを見た。
「ごめんごめん、ちょっと一回家帰んないといけなくてさぁ。」
前からスタスタと歩く足音に、自然と目が行く。大きめの瞳。耳朶には蒼い石のピアスがついている。
一瞬で分かる。
「悪いね、宮下。え?あ…っとね、家から電話かけないと怪しいでしょ。家に幼なじみ泊まってるって言ってんのに、わざわざ携帯からはかけないし。」
擦れ違って、勿論振り向いたのは私だけ。あの子はこちらを気にも留めずに歩いて行った。
小雨がさしている傘に当たる。ジュゴンはカイギュウ目。そんなの、今にしてみればどうだって良いこと。
あの子は忙しそうに、でもどこか楽しそうに生きていた。
私
は
ジ
ュ
ゴ
ン
に
も
成
れ
な
い
。