ラヴレス





痛んだ茶髪のギャルとすれ違った麦野は、彼氏と並ぶその後ろ姿を少し見た。

娘があんなになったら、泣くかもしれない。

そんなことを思いながらも迷いを噛み殺して、病院へ行く。

「先輩」

受付で病室を聞くべきか迷って、結局聞こうとした麦野が止まった。

振り返ると、会社では見ないラフな格好をしている柘榴。

「こんにちは」

「こんにちは、ごめん遅くなって」

歳をどれだけ取っても歳の差は変わらない。
そして柘榴の挨拶はいつも「こんにちは」から始まる。

「あ…手ぶらで申し訳ない」

麦野は鞄以外、何も持っていない。一条が居ないと本当に何も出来ないな、なんて。

「やっぱり、花買ってくる」

「大丈夫ですよ、花は昨日変えたので。殆どずっと眠っているので、食べ物とかも要らないです」

「…じゃあほんの」

「お金とか持ってきたら結婚届燃やしますからね」

これは燃やされかねない。

柘榴の後をついていく麦野。

病院独特の匂いが鼻につく。どこか、懐かしい匂いだ。

白い壁に目を向けて、前の柘榴を見た。

その身体にはもう一人の命が宿っている。そして結婚届も握られている。

自分で仕組んだことなのに、どこか後ろめたくなる思いが麦野の心臓の奥に潜んでいた。

柘榴が子供を堕ろしたりしないことを知っての所業。

自分は狡いことを、麦野は知っている。

「…緊張してるんですか?」

前の柘榴が顔を覗き込む。

それに我に返った麦野に、クスクスと笑う。そんな微笑に安堵を感じた。

「うん、してる」

「言っときますけど、私は昨日から明日の心配してるんですからね。うちなんてどうってことありません」

「それ聞いたら勇気出た」

複雑な気持ちになった柘榴は、顔を顰めて歩き出す。

「柘榴さん」

「はい?」

「俺の葬式想像して、泣ける?」

病室の前で二人が立ち止まる。個室の前には、柘榴の母親の名前があった。

返事を期待しているわけではない。ただの確認だ。

「泣くわけないじゃないですか」

「そっか」


「先に死ぬなんてことしたら、呪いますからね」


小さく息を吐く。

―――そこに愛情が無くとも。

花でもケーキでも金でもなく、麦野がここに来るまでに悩んだものは、指輪。

やっぱり買ってくれば良かった。

「本当に手ぶらでごめん」

「まだ言いますか」

扉を開けた柘榴が苦笑した。











20130727




(麦野が柘榴の母親に御挨拶するとき)














[mokuji]






 

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