パンが無いなら、






玄関を開けると、途端に香った匂いに危険を感じた。

バタバタと“らしくなく”柘榴が廊下を走る。マンションのクセに長い廊下は、部屋のひとつひとつが大きいのを物語っている。

「…、何してるんですか!?」

「あ、おかえり、柘榴さん」

「まず火を止めて話してください!」

パチンとコンロのボタンを押す。

「やっぱりIHにした方が良かったかな」

「コンロの所為じゃありません、鍋ひとつ駄目になったじゃないですか」

呆れたように溜め息を吐いた柘榴を見て、麦野は少し凹む。

「これ使いやすかったのに」

「…すいません」

柘榴が鍋を水に浸ける。焦げ臭い匂いを逃がすように、換気扇をまわした。流石、手際が良い。

急いで来たので靴を揃えていないと気付いて、玄関に一度戻る柘榴。

麦野は材料を片付けて、包丁やらまな板やらを洗った。

「…なにを合成しようとしていたんですか?」

その背中がなんだか寂しく見えて、柘榴は隣に並んで鍋に洗剤を入れる。

「合成じゃなくて料理なんだけど」

「真っ黒い沈殿物ですよ」

「運動以外は結構出来るもんだと思ってたけど、運動以上に料理は相性が悪いんだった」

「知ってたなら、やらないでください」

柘榴が鍋をこすり始めたのを見て、代わった。何も言わずにそれを渡して、柘榴は手を拭く。

そして麦野の隣を離れて、リビングの窓も開け放った。

「柘榴さん」

「はい?」

「ミネストローネが食べたい」

最初からそう言えば良いのに。

柘榴は「はいはい」と返事をしながら思う。まあ、麦野なりに足掻こうとした結果なのだろうが。

「次に実験みたいなことしたら、料理しませんからね」

その脅しはかなり効いたらしく、その数日後には焦がして駄目にした鍋と全く同じものが棚に戻っていた。









20130716








(菫ちゃんの産まれる少し前の話)










[mokuji]






 

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