ひめはじめ
「したことあるよ?」
菫の家の用事で、年明けに会えたのは三日。
姫はぽかんとした顔でふるふると震え始めた。
「俺、ちょっと」
「え、姫どこいくの?」
「一条の所に」
白い顔が一層蒼くなった気がする。菫も立ち上がって「じゃあ私も」と同意したが、姫が首を振った。
「一人で行く。すぐ帰ってくるから、待ってて」
「あ、うん…」
コートを羽織ってバイクに跨がった。早々に一条宅に向かった姫は、躊躇いなくチャイムを押した。
「あ、どうも明けまして」
出て来たのは朔朗。あ、もしかしてお取り込み中だったのかもしれないと薄いVネックのTシャツを着ているのを見て思った。
いやいや、そんなことより。
「一条は? 服着せてちょっと出して」
「服着せてって。もうすぐ帰って……きた」
姫が横を向けばエレベーターから出て来た一条の姿。新年早々姫の姿を見て、一条は表現し難い表情。
朔朗はそのツーショットを見て苦笑いをした。
「明けましておめでとうございます。お一人ですか?」
「あけおめ。ね、菫ちゃんて」
「お一人ですか?」
「ひめはじめしたことあるってほんと?」
噴き出した朔朗の後ろには、野次馬の鑑がいた。
「………は?」
「さっきしたことあるって自分で言ってたんだけど」
「……で、お一人ですか?」
「……お一人です」
自分のした質問の答えを聞けた一条は呆れたように溜息を吐いた。
俺戻ってんね、と楽しげにしている鑑の背中を押した朔朗は部屋の奥に行ってしまう。
寒い中、コートを脱いだ一条は閉まりそうになった扉を掴む。
「まあ、菫さんですしね」
「え、あんの? いつ、つか何処の」
「飛ぶ馬を始めるって書いてひめはじめですよ。何中学生みたいなこと考えてるんですか」
「飛ぶ…馬?」
「私も幼い頃にしました。というより、今日久しぶりに菫さんに会ったんじゃないんですか? なのに一人にするなんて、今頃違う殿方と姫始めでもなさっているんじゃないですか」
一条はそれだけ言うと、扉を開けて家に帰って行った。姫は踵を返す。帰り道でやっと菫を一人にしたことを後悔した。
まず謝ろうと、菫宅の近くに来て速度を落とす。
「あ」
バイクを停めた。こちらに向かってきていているのは、カーディガンを羽織っただけの菫。
「おかえり」
「ただいま」
心なしか拗ねた顔。本当、馬鹿なことで家を出てしまったなと後悔する姫。
バイクの後ろを叩いて菫を乗せた。ノーヘルで何があったら大変なので姫は自分のヘルメットを被せ、ゆっくりとしたスピードで進める。
「ひとりにしてごめんね」
自然と口にできたそれを菫はきちんと聞き、
「許さない」
「え、」
「許さないから、今日はずっと一緒ね」
後ろからしがみついてくる可愛い生き物に生殺し。
ひめはじめとか、そういうレベルではないかもしれない。
「姫というか、悪魔」
それでも、そんな悪魔に助けられたのは姫の方。
(明けましておめでとうございますのとき)
20150101
[mokuji]