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美しい花には何とやら
長い睫に囲われた大きな瞳が、興味津々といった風におれを見ている。
これで骨抜きにならない大人が居るのだろうか。
(かわいい子だなぁ)
「どうした?」
平静を装って問いかける。
「いえ? もう、日も暮れることですし、今晩は私の家に泊まっていかれませんか?」
急なお誘いだな、とおれは一瞬目を見開く。
空を見上げていた少女は、誘うように流し目で微笑んだ。ぎこちない動きが、これまたおれの心をくすぐる。
完全に成熟していない色仕かけが、おれの好みだ。とはいっても、この少女が色仕掛けをするには、まだ数年はやいと思うが。
(どうでもいいか)
男のふりをしないほうが良かったのかもしれない。こんな幼い子に色仕掛けを教えるなんて、この子の父親はきっとろくな奴じゃない。
「あ、どうか誤解しないでっ。家には父もいますしそんなつもりは……」
早口で捲し立て、自分の髪を触る少女の顔は赤い。
「里まで送るより、家のほうが近いですから、誤解しないでください」と少女は俯く。
「誤解ってなにを?」
片ほうだけ口で笑って、少し膨れる少女の顔を見てこんどはほんとうに笑った。
少女の家に行くには、坂を少し登らなくてはならないらしい。
道を教えてくれたので、いまは立派な石段を歩いている。
「へー、薬草を採りに一人で。たいへんだなぁ」
父が体調を崩していて、一人で薬草を採りにきたと少女は言う。兄はぐうたらで、自分が一番しっかりしているのだとも話してくれた。
「いえ、それよりもお兄さん? 降ろしてもらえますかっ」
「は? 足を挫いてるんだろう」
だから駄目だときっぱり言い切ると、少女は背中に額をぶつけてきた。
あー、恥ずかしいと後ろで少女がぼやく。
おんぶは恥ずかしいか。
考えないようにはしていたが、やはり少女はどこかおかしい。
まず、見た目は幼いのに、態度がいろいろおかしい。男に触れるのがうまい。なんて大人に言われて、顔を赤くする年じゃないだろうに。
話に矛盾点があるし、人里の話にも疎いように感じた。
そして気がついていないのか、目線は幾度となく上を彷徨っていることに。
(おれ、やっぱ今日はついていない)
その姿、誰に見られている?
なにかと話しかけてくる少女に笑いかけ、そっとため息を吐いた。
しばらく進んで、大きな岩場に差し掛かった。木々や茂みもいっそう生えていて、隠れるのに良さそうだ。
ここなら逃げ切れるかもしれない。はぐれ妖怪の山ならなんとか逃げ切れると、思う。
「なぁ、聞いてもいいかい」
努めて明るい声で話しかけるが、いつでも逃げられるように岩場や草むらに目は向けておく。
「なんですか?」
よいしょと少女を担ぎ直して、また一歩登った。
「籠なしで薬草採りに行ったのかい?」
「え」
「手ぶらで、水筒も、鎌も無しで、肝心の草すら持っていない。それにだ。おまえさんくらいの年子をひとりで山に行かせるなんて、いっちゃ悪いがどんな親父さんなんだい?」
慌ててなにか言おうと少女は口を開く。
「それは」
「この立派な石段の先に、寂れた小屋があるって?」
畳みかけるように問えば、少女は黙ってしまった。代わりに空気はぴりぴりと痛み、嫌な臭いが辺りに充満してくる。
(獣の臭い、じゃないな)
「……」
肩に置かれていた手に力がこもった。
風が一気に吹き抜け、段々と辺りも暗くなり、先が見えなくなってきた。
(さぁ、喰われるまえに)
逃げようか。