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 ――やわら、かいっ

 違う。おれの手とは全然違う。
 骨張ってないし、柔らかい。手に吸い付くみたいだ。
 それに、想像していたよりも細い。なんだ――おれの方が大きいじゃないか

「……あ、の」
「あ」

 感動していたおれは、増田の声に我に返った。

 増田は顔を先の和菓子のように真っ赤にして、パニクっている。
 口をぱくぱくと開け、おれと目が合うとしおらしく下を向く。
 彼女は片手を握り締め、口元に持っていき、何かに耐えるように目を瞑った。

 ――変な感じだ。
 味わったことのない何かが、腹の辺りに渦巻いている。
 可笑しい。普段のおれなら慌てて彼女の手を放して、悶絶するのに。
 今のおれは……増田を見て――喜んでる?
 いや、違うな……滅多に見せない恥じらう表情に……興奮してる。

(は!?)

「っご、ごごごごめんっ」

 上ずった声しか出ない。
 おれ馬鹿なのか!? 興奮?? 変態か!!
 身体中の体温が顔に集まっている。今は増田よりも顔が赤い筈だ。

 落ち着くために、冷めたお茶を一気に飲み干す。
 駄目だ。まだ喉がカラカラしてる。
 増田のことが、どうしても可愛いとしか思えないっ。
 そんな……いつもはおれの何倍も勇ましく思えるのに!

 あぁ、また腹の辺りがむずむずしてきたっ。

「馬鹿か」

 冷静な一言が胸に突き刺さる。
 少し離れた所で伸びている先生は、真底馬鹿にしたような目でおれを見ていた。

「接吻の機会を逃したな」
「せっ……!?」

 キスっ!? そんな、そんなつもりは……
 でも、今のタイミングならいけたかもって、何を考えているんだおれは!!

「や〜……不意打ちだった、な」

 まだ少しだけ顔の赤い増田は、照れを誤魔化すように髪を掻いている。
 少しだけ悔しそうだ。何て言えばいいんだろう。謝るのは少し違う気がする。
 でも、何も言わないのは駄目だ。

「破廉恥」

 手を握っただけで言われるとは思わなかった。
 顔を見れば照れ隠しだっていうことは解る。
 それに、度々増田はおれを見て涎を拭ったりしているから、全く耐性がないわけじゃないと思う。

「そ、そこまで照れるとは……思わなくて……ごめん」

 あぁ、結局謝ってしまった。
 おれの言葉が癪に障ったのか、増田は少しだけ口を尖らせた。

「て、照れるに決まってるでしょ。自分からするのとされるのとじゃ、わけが違うし……アンタ、ほら、男だし……」

 相当悔しいのだろう。増田は頬を膨らましている。
 彼女の後ろではにゃんこ先生がこれでもかと言うぐらいにニヤついるが、口はだしてこない。本当は茶化したくてしょうがないんだろう。

「増田……」

 少しだけ顔を近づければ、彼女はまた頬を染めた。

 おれは性格が悪いのかもしれない。
 少しだけ優越した気分だ。

 良いことが解った。いつもはからかわれることが多いけど、攻めると彼女は照れる。
 余裕をなくして、おれの行動に反応して慌てる。
 きっと、誰も見たことがないのではないだろうか。

 少しだけ、増田の髪に触れる。
 下を向いている彼女の頬は桃色。
 口を尖らせているけど、何も言ってこない。
 彼女は両手を膝の上でぎゅっと握っていて、それを見たらまた心がざわついてきた。

「増田」

(――好きだ)

 臆病で、まだ決心のつかないおれじゃ到底言えない言葉だけど、本当は何度も叫んでいる。
 会う度に呟いている。

 自分の身は自分で守って、その小さな手でおれも守ろうとしてくれる君だけど。
 いつかその身をおれに任せてくれたのなら。
 男のおれを頼ってくれたのなら。勇気をくれたのなら。

 抱きしめて、伝えたい。

 感謝と、溢れ出す愛の気持ちを。

「……和菓子、もう少しだけ食べてもいいか?」
「――うん」

 少し距離を詰めてきた増田に微笑んで、おれは和菓子を口にいれる。
 先よりも甘く感じる。どんな食べ物より美味しい。
 心がムズムズして、何故か頬が熱くなる。隣で和菓子を少しずつ食べている増田の頬もまだ赤い。

 ――珍しく、にゃんこ先生は大人しくしていた

「じゃ……今日はありがとう」

 すっかり暗くなった外。
 増田は玄関まで見送りに来てくれた。

「送ってこうか?」

 遠慮がちに言った増田に、おれは首を振る。

「大丈夫」

 いつものおれなら少し不機嫌になっただろう。
 “男”なのにとか、不甲斐ないとかで。
 でも、今日解ったんだ。
 増田が可愛い女の子だってことが。それで十分心は満たされる。

 ほら、手を振る増田を見ると――愛しい気持ちになる
 ちょっと頬を赤くしている増田は可愛い女の子で。
 それを見て満足しているおれは、男だ。

「前進したようで全然してないな」
「そうか?」
「接吻もしてない」
「……まだ、いいだろ」
「他の男に取られて、山で泣いている阿呆をよく見かけたわ」
「はいはい」

 雪の舞う夜。
 透き通った空気。

 心は温かい。

折り重なって


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