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「お〜い! 夏目〜!」
薄暗い雲の下、粉雪がちらついているたんぼ道。
おれの好きな人が、自転車に乗って向かってくる。
片手を大きく振って、やっと見つけたというように。嬉しそうな顔で。
段々と近づいてくる彼女は満面の笑みで、嬉しくて堪らないというように歯を出していた。
そんな顔をしてくれる事が嬉しくて、同時に恥ずかしくて。おれは少し下を向いた後に、同じように手を振った。
「とっ」
自転車を飛ばしすぎた彼女はおれを通り越して止まった後に、ずんずんと後ろにバックする。相当飛ばしたのか、額には汗が浮かんでいた。
「どうしたんだ?」
「お茶しませんか」
元気いっぱいの笑みと、期待に輝く瞳がおれを射貫いていく。
その顔を見る度におれは幸せなんだと実感する。
わざわざ誘うために、寒空の下を自転車で来たなんて。感動していると、増田の手元に目がいった。手袋もしていない彼女の手は赤い。ここで何もしないなんて駄目だろう。男として。
「増田、おれの手袋使って」
「え〜……いいよ」
彼女のことだから、極めて心外だけど「夏目の細い指が寒気に触れるなんて」とか考えているんだろう。
確かに、確かに中学時代は今よりも弱々しくて頼りがいもなくて身体もずっと細くて女の子みたいだったかもしれないが、それは昔の話……だと思う。
そう、だからおれは取った手袋を無理矢理増田に押しつけた。
「ほら、はやく」
少しだけ顔を紅くした彼女は口を尖らせながら、手袋をつける。
「それにしてもよくおれの居場所が判ったな」
「あぁ、ダルマが教えてくれたの。おつかいに行ってるって」
そう言いながら増田はおれの持っている買い物袋をカゴに入れ、自転車から降りた。
どうやら家まで送ってくれるらしい。
「で? この後は暇?」
「あ、あぁ。お茶するんだっけ」
「そっ」
笑った彼女は、自転車を反転させて歩き出した。
少し遅れておれも続く。
「おれが押すよ」
「いいよ〜」
まぁ、自転車を苦ともせず押しているし、代る必要もないのだろうけど。
断られることは解っていた筈なのに、少しだけ腹が立った。
増田からみたらおれは“男”というよりは“保護対象”なんじゃないだろうか。
おれはそこまで頼りないのか。身体も弱いしよく熱も出す……モヤシ。
そんな認識は心外だ。あぁ、どうしておれは非力なんだろう。
体格も華奢だし顔も女顔。男らしさなんて、一つもないんじゃないのか?
このまま友だち止まりってこともありそうだ。
「着いた。荷物置いて来なよ」
もんもんと考えている間に、もう家まで着いてしまったらしい。
結構な距離があった筈なのに、増田はおれに話しかけてこなかった。
もしかして気を遣ってくれたのだろうか? また女々しく考え込んでいる所を見られてしまったな。
「……置いて来なよって……家でお茶するんだろ?」
二階から顔を出していたにゃんこ先生が、目ざとく反応する。
増田はポカンとしていたが、急にニヤッと笑った。
人をからかう時に浮かべる、憎めない笑顔。
「あたしの所でするの」
あぁ、本当。増田って……
嬉しいやら情けないやら悔しいやらで、おれは苦笑するしかなかった。