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小さな嘘


 どれだけぼーっとしていたのか解らない

 身体を覆う心地よい温かさに、ふと意識を戻してみた

 私の顔は涙でたっぷりと濡れている、自然と流れ落ちてしまったのだろう

 その分悔しさとか、悲しさとか、黒い感情も一緒に洗ってくれた

「磨美っ、お願い泣かないでっ泣かないでっ、母さんを見て、磨美っ」

「……母さん」

 いつのまにか私は母さんにの腕の中にいて、背中を擦られていた

「母さん……」

 声で解る、お母さんも泣いてる

「磨美が生まれて来てくれたことが、母さんの人生の中で一番良かった事よっ」

 家は狭いアパート

 リビング以外の部屋は一つしかないのに、その部屋は私にくれた

 リビングでいつも肩を狭くして布団にくるまっている母さん

 私にはベットを買ってくれた

「……あたしも、母さんから生まれて来て本当に、良かった」

 ――こんな生活を、どうにかしなきゃ

 どんなことをしても、母さんを守ろう

 嗚咽を上げるお母さんの声を聞きながら、床に散乱した夕食を睨んだ



「……あれ、増田その痣、」

 朝、軽い鞄を机に置いたとき、既に席に座っていた夏目が声をかけてきた

 不思議そうに、左の腕にある痣をみている

「おはよう、こっちも見る?」

 右の腕を突き出せば、小さい紫の痣が何カ所か出来ているのが見える

 暫くその腕を睨んでいた夏目だが、ピンときたらしい

「あ、剣道?」
「そうそう、一年はまだ打つのがヘタだからね〜 先輩はこうなる宿命」
「うわ大変だな……でも、やっぱり剣道ってかっこいいな」

 夏目のいい所は? と聞かれたら、私は真っ先にこの笑顔と答える

「ちなみに身体にもあるけど見る?」

 頬を染めてぶんぶんと首を振る夏目が可笑しくて笑った

 あ、っと窓を見て視線を下げる夏目、もちろん振り返っても運動場が見えるだけだ

 何が見えるのか夏目は言わない、私も聞かない

 夏目には秘密があって、私にも秘密がある

 ――それでいい

 初夏の風が、教卓のプリントを攫っていった

鳥籠に侵入者


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