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君と愉しむ



 今日も今日とて、絶賛素振り中。
 重要な職員会議があるとか何とかで、全部活に帰宅命令が出されたのが一週間前。
 今日はその強制帰宅の日。私は部活をしているわけじゃない。ただ素振りをしているだけだ。だから帰らなくてもいいだろうって、勝手な解釈をつけて此処にいる。

 軽く素振りをしたら帰ろう。万が一先生にばれたら面倒だし。
 と思っていたら、裏口が開く音がした。
 ほうほう。私の他に素振りをしにきた奴がいるらしい。
 多分主将じゃないかな。あの人も剣道馬鹿だから、来るだろうとは思っていた。

 防具でも磨きにきたのかな。それとも更衣室のエロ本を持って返るつもりなのかも。
 ……あれ、おかしいな。いつまで経っても道場に上がってくる気配がない。
 それに、ドアも閉まらない。
 怪しいな。ちょっと振り返ってやろう。

 ドアの隙間から、誰かが覗いていた。
 ビクッとその肩が跳ねる。
 色素の薄い髪を見れば、誰か、なんて一発で解る。

「いやん。夏目が覗きだなんて」
「別に、覗いてたわけじゃ……」

 声をかけるタイミングが解らなかっただけだと、夏目は小さい声で呟いた。
 気まずそうに目線を逸らすとこが正直だと思う。

「担任に頼まれたんだ。きっと増田は帰ってないから、追い出してくれって」
「え〜っ、やだ」
「嫌だっていわれてもな」

 困ったように夏目は苦笑する。

「一緒に帰ろう」
「う〜ん」

 まだ振りたいなんだけどなぁ。どうしようか。
 眉を下げた夏目は、私を見つめている。頼むからと、夏目の目が訴えていた。
 陽の光に照らされた夏目は、いつも以上に儚げに見える。 

「……」

 半袖から覗く腕はとても白くて、細い。剣道部員なら当然ある筋肉の筋が、帰宅部の夏目には一つもなかった。パンの生地みたいに滑らかで、ちょっと柔らかそう。
 夏目には筋肉がない。そして細い。女子か。乙女か。有り得ない。

「……夏目、ちょっと竹刀振ってみない?」
「おれが?」

 驚いた夏目に背を向けて、竹刀がさしてある籠に向かう。
 その中の新人用竹刀を掴もうとして――止めた。
 新人用竹刀は特訓もかねてるから、若干重い。まぁ安い竹刀ってだけだげど。
 もし、数回振って夏目の腕が悲鳴を上げたらどうなる? へこむだろうなぁ。

「……」

 私は後輩の竹刀を掴んだ。女子用の軽い竹刀だ。もちろん夏目には秘密。
 他人の竹刀を無断で使うのは気が引けるけど、まぁいいか。私先輩だし。
 それに学校一の美男子に貸すんだ。このことを話せば、持ち主である後輩は有頂天になって稽古に励むだろう。

「はい」
「うわ、固い」

 夏目はちょっとだけ嬉しそう。
 上下に振ってみたり、傾けてみたり、興味津々だ。
 暫くして、夏目は息を吐き出した。

「やっぱり固いな。外れたら青痣ができるのも納得だ」
「手加減無しだからね。打ち所悪かったら暫く立てない」
「増田……その、素振りの仕方、教えてくれないか?」

 遠慮がちに言われて、胸がきゅんとなった。
 あぁ、何で剣道部には可愛い子がいないんだろう。
 アイドル的存在がいてもいいと思うんだ。男女共同なら尚更。

「よしよし、先輩が教えてあげよう」

 腕を捲る振りをして、床に置いていた自分の竹刀を掴んだ。
 そんな私に、夏目ははにかんだ。

「よろしくお願いします。先輩」

 可愛いなちくしょうっ!!

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