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 頭を庇っている彼を竹刀で突いてやろうかとも思ったけれど、それをしちゃ女が廃る気がした。こういう存在は優しく接してやらなきゃいけない。喉の調子を確認した私はできるだけ優しい声で夏目に話しかけた。

「アンタ、何してんの?」
「あ、増田っ!? ……ええっと――」

 安心した表情を見せたかと思えば、急に焦り出す。
 夏目の頭には葉っぱが何枚かついていて、よく見れば制服にも草がついている。
 何処を歩いたんだろう。夏目はやんちゃな性格だっけ? いや、捜し物でもしていたのかもしれない。まぁ、聞くつもりはないけど。

「これは……その……」

 周囲を気にしていた夏目は、ふと私を見上げた。何? っと小さく首を傾げてみたけど、夏目は段々と肩を狭くして下を向いてしまった。

 私は気づかれないようにそっと息を吐いて、一歩後ろに下がる。

 何でまだ帰ってないの? 何でそんなに泥だらけなの?
 何で息が上がってるの? その他諸々の質問をぐっと飲み込んで、私はドアに背中を預けた。全開のドアから、心地よい風が入ってくる。問うなんてことはしない。それが良い結果に繋がるとはとても思えなかった。言いたくないなら、言い訳を探しているなら、何も言わなくていい。

「取り敢えず、入れば?」

 促せば、彼は申し訳なさそうに私を見て、ゆっくりと腰を上げた。

「あぁ……悪い」

 ドアを閉める時なんとなく周囲を警戒してみたけど、何もいない。
 本当、夏目って不思議な奴。あぁ、もしかしてさっきの風に驚いて尻餅をついてしまったのかも。きっとそうだ。お茶目さんだな。

 振り返ると、夏目は神棚を見上げていた。

「珍しい? 神棚」
「え? あぁ、家にはないからな……」

 鞄を胸に抱えている夏目は、疲れているように見える。
 不安そうに私を見ているし、一歩近づくと夏目は少し身じろいだ。

……傷つく

「あたし、そんなに怖いかなぁ……」

 一応、心配したのになぁ。竹刀を持って出たのが不味かったのかなぁ。
 どかっと床に座り、握っていた竹刀を抱きかかえた。
 確かに目つきは悪いかもしれない。制服姿のまま竹刀を持っていたら不良に見えるかもしれない。けど夏目は普段の私を知ってるじゃん。そこまで不良じゃないじゃん。髪染めてないじゃん。なんで「喰われるっ」みたいな顔するのかな〜

「え……ふ、不良になんて見えないから、ごめんな」

 鞄を床に置いた夏目は、私に目線を合わせるように屈む。
 じとっとした目で見てやれば彼は息を詰まらせる。それでも機嫌を直そうと頑張っているようで、色々とフォローの言葉を言ってくる。
 可愛い。なんか犬みたいだ。それよりも……・兎? 余り長く続けると夏目は泣きそうな顔をするので、早々に切り上げることにした。

「冗談だって……そうだ、一緒に帰らない?」

 話題を変える言葉はそれしかないのかと、心の中で突っ込んでみる。
 それでもいいか。
 ほら、夏目は嬉しそうだし。

「いいのか?」
「自主練してただけだし」

 竹刀を杖代わりにして立ち上がった時、嫌な風が目の前の木を振るわせた。
 道場は閉め切っているから風は入らない。
 それでも木の揺れようから、どの位大きな風が吹いたか想像できる。
 葉を巻き込みながら高く舞い上がった風は、音を立てながら消えていった。
 天気が曇りだから、よけいに不気味だ。

「凄い風……」

 ちらりと夏目を見れば、彼は顔を青くさせていた。

「……」

 動かない夏目は、血の気をなくしている。
 大きな目をさらに大きくして、今にも震えだしそうな顔をしていた。

 その姿に、少しだけヒヤリとしたものが背中を流れた。

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