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君と育む



 我が中学は、ちょっとした不良学校として有名だ。

 授業中は大半の人が寝ているけれど、先生達は呆れつつ何も言わない。
 テスト返却日が近づく頃先生達は青白い顔をして、この学校の行く末を案じる。

 男子の学ランの下はいつもカラフル。赤に黄色に迷彩。
 校則なんて知らないとばかりに、お気に入りのシャツを自由に着ている。

 女子のバックは魔法のかばん。買ったばっかりの化粧道具にアイドルが表紙を飾る雑誌。裏の方に載っているエロ話は、中学生には少し刺激が強い。だけどその分騒ぐのが楽しい。

 そんな風紀の悪い学校だけど。不真面目だけど――体育の時間だけは別だった。

「今生の別れぇぇぇッ!」

 特に、ドッジボールは。

 男子の投げたボールは少林寺サッカーの如く。

「ふぐっ」

 それを受け止めた男子は、さながら隕石を受け止めた英雄のよう。
 熱く、どこまでも熱く。勝負にこだわる男共。

「俺達に“避ける”という選択肢はないっ! みんなっ! 死ぬ気で受け止めろっ」
「おぉっ!!」

 そのくせドッチボールのルールを無視して自分達のルールを勝手につける阿呆共だ。
 男子VS男子のクラス対抗戦を眺めている女子の半分は、生温い目線で観戦している。
 それか、男子の暑苦しさに心奪われ跳びはね応援しているか。
 本来なら私も呆れて見ただろう。いや、それか体育館裏で寝ていたかもしれない。

 ――だけど

「喰らえぇぇぇっ」

(やめてぇぇっ!!)

 頭を抱えて声にならない悲鳴を上げた。身体全体が縮こまる。

 この状況。ハラハラして、冷や汗が止まらない。

 だって、だって!! 野獣の中に兎がいるっ!

 半泣きの夏目がいるっ! あぁ割り込んで夏目を助けてやりたいっ!

 逃げて、避けろ夏目っ。馬鹿達が決めたルールに従う必要なんてないぞっ!

「磨美〜、夏目心配なの?」
「当たり前っ! ボールが当ったら絶対死ぬっ」
「あ、それわかるかも〜」

 戦いはどんどん激しくなっている。
 運動靴の急ブレーキをかける音が、そこらじゅうから聞こえていた。

 夏目は中々すばしっこくて、的にならないように必死で動いていた。
 恐らく、当れば何処かしらの骨が折れることは、夏目自身解っているんだろう。

(頑張れ夏目っ)

 ボールが夏目側にあるのを確認して、傍に置いていた水筒を取ろうと手を伸ばす。

「うわっ」

 夏目が転んだらしい。
 声がして、水筒から目を放したらもう倒れていた。
 つまずいたのだろうか。

「ん〜磨美、誰かに押されたみたい」
「はぁぁっ!?」
「でも誰もいなかったんだよね〜」

 じゃぁ押されてないってことじゃん。
 私の突っ込みは、男子の声に遮られる。

「ぐわはははっ! 隙有りぃっ」

 凶悪な顔をした男子が夏目を見下ろしている。
 手にはボール。そんな至近距離で投げるつもりっ!? 夏目が死んじゃうじゃんっ。
 ぶつけてみろ、そんなことしたら貴様を道場に監禁してやるからっ。

 ――男子が何かの様子を伺うように、夏目から視線を外した

「……」

 先ほどの威勢はどうしたのか。
 口元をひくつかせた男子は、しゃがみ、両手で下から上へぽんとボールを投げた。
 幼子でも取れるボールは、目を瞑っている夏目の腰にぽとんと落ちて、ゆっくりと床に転がる。よくやった。多分、夏目にボールをぶけたら、私は跳び蹴りをしたかもしれない。

 一部の男子達はこっちを見ながら「セーフ?」「アウト?」と言い合っている。

「セーフ」

 応えてやると、男子達はそれぞれほっとしたリアクションをした。
 あぁ、やっぱりバレてたのか。

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