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 昼をすぎたころ。刈り上げがひとりでおれたちのもとに現れた。赤次がひとりできてくれとお願いしたらしい。刈り上げの頬は痩けていて、硝煙の匂いがこびりついていた。だが生きているってことは、夜兎に遭遇しなかったようだ。

「それで? なぜUSBが必要なんだ? 私だけに話したいこととはなんだ? 時間がない。手短に話せ」
「アルタナのことです」

 その言葉を聞いた瞬間。刈り上げは露骨に腰の銃へと手を伸ばした。おれは壁を背もたれにして立っている。刈り上げの威嚇行動に、冷めた目で答えた。

「さっさと話せよ」

 ぎょっとしていた赤次は、なんとか気持ちを落ち着かせて、ハッキングで解ったことを伝えた。諸国の狙いも。どうやらまだ軍が知らない情報もあったらしく、刈り上げは真剣に聞いていた。

「――――春雨のデータにアクセスできれば、もっと情報が引きだせる。それに上手くいけばなかを引っ掻き回せるかもしれない……ただ」

 一区切り呼吸をして、赤次はおれのほうを見た。

「それには彼の協力が不可欠なんです。彼は協力してくれるといっています。もし仮に失敗したとしても、こちらに損害はありません」

 刈り上げが初めておれを見た。ゆっくり立ち上がり、思案している刈り上げのまえに立った。演技するのは疲れる。

「協力はしたいけど、僕の条件も聞いてほしい。ふたつあるんだ」
「言ってみろ」
「ひとつ。帰ってきも赤次お兄ちゃんと一緒にいたい。ふたつ。春雨の殲滅に協力してほしい」

 お兄ちゃんと言われて赤次は顔を引きつらせていた。ふたつめのお願いを聞いたとき、刈り上げの表情が変った。

「協力とは可笑しな言いかただな。消し去りたいと思っているのは私たちのほうだ」
「僕だって家族を殺された」

 刈り上げの空気が揺れる。

「赤次お兄ちゃんとたてた作戦がある。帰ってくるまえにその準備をしてほしい」

 刈り上げがあざ笑う。

「おまえたちを信用しろというのか」

 話を聞きそうもない刈り上げに、どう言ってみるか悩んだ。顎に手を当てて悩むこと数秒。刈り上げがしびれを切らすまえにサッと顔をあげる。

「襲撃まえに聞いた作戦だと、春雨はこの本部を破壊しない。諸国に明け渡す予定だ。だから、空爆はない。きっと、砲弾も使わない。建物は傷つけないで人だけ殺す。そうだよね? 赤次お兄ちゃん」
「え、あァ。コレをみてください」

 赤次はパソコンを操作して、モニターを刈り上げに見せた。

「一部しか抜けませんでしたが、この本部は占拠後連合軍が所有すると書いてあります。その、この国のアルタナのエネルギーを利用した武器は他国より十年先をいっています。軍に保管された機密データと、最新の軍事技術が欲しいのでしょう」
「殲滅にはこの武器を使ってほしいんだ。それを使えば一気に退治できるでしょう?」

 赤次がまた操作して、武器のデータを見せる。

「それは我が軍の機密データだぞ」
「なにか……なにか、お力になりたくて」

 おれを見て、赤次を見て、またおれを見る。冷静で、読めない顔をしている。

「一理ある。だが、気に喰わん。なぜ敵国と、春雨のガキの言うことを聞かねばならん? こちらに協力すれば、命は助けてやる。それだけで十分なはずだろう?」
「えっ、それは」
「先日の約束通り、命は取らん。この国が勝利した場合、おまえたちの処分はそのときに考えよう」
「あ、待ってくださいっ!!」

 ほいほい信じる奴が軍のトップやってるわけがないか。面倒だが演技はここまでだな。

「おい」

 踵を返した刈り上げを乱暴に呼び止める。

「残念だが、この星に未来はない。それはアンタがよく理解しているはずだ。敗北するか、滅ぶまで戦い続けるか。それしか選択肢は残ってねェと」

 地声で話せば、刈り上げがおれを振り返った。

 ゆっくりと、口角を上げる。

「協力すれば命は助ける? ……わりィが、それはこっちの台詞だ」
「なんだと?」

 刈り上げの怒気にはなんの反応を示さず。しっかりと目を合わせてやる。

「おれたちに協力すれば、天人に一矢報いることがでるばかりか……女や子どもだって助けられる。この本部に侵攻する日にちと時間が解れば、いや。必要なら操作したっていい。混乱に乗じて船を奪え、全滅は免れる……それには、あァやはり。おれの協力が不可欠だ」

 顎を少し上げて、刈り上げを挑発する。

 「春雨に潜入できるのは、おれだけだから」

 そう言って首を傾げてみせれば、刈り上げは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「信用できないってか? おれの扱われようは知ってるはずだ。叫び声が面白いからって理由で指を折られたんだぞ?」

 腫れてるかどうかわからない両手を見せる。

「それに、言った通りおれも春雨に家族を殺されたんだ。復讐と、逃げる機会をずっと探していた」

 正義が好きそうな言葉を再度言えば、刈り上げの表情が少しだけ変った気がした。手応えありだな。

「“アルタナ”という言葉を聞いただけで、息子の友人を殺そうと考えたアンタに協力を仰ぐのもどうかと思うが……こっちも選択肢がない」

 腰にある銃をわざとらしく見たら、刈り上げの手がぴくっと動いた。そしてまた目を合わせれば、互いに逸らさない。

 数秒の沈黙。

「互いに選択肢はない。嫌でも、協力するしかない。そうだろ?」

 さらに一分ほど、刈り上げはおれから目を離さなかった。そして、諦めたようにゆっくりと動きだした。

 ポケットからなにかを取りだし、それを赤次に渡した。

「あ、ありがとうございますっ」

 格子越しに赤次が受け取ったのはUSBだった。そして、言葉を発することなく刈り上げはでていった。同意したと思っていいのか。

「上手くいったな」
「……ねぇ、女と、子どもって?」

 期待するような声をだした赤次を一瞥して、おれはベッドにダイブした。

「花用と木用のことだ。ほかの国民のことだと思ったら、悪かったな」

 赤次は暗い顔をしてうなだれた。

「おじさんは、勘違いしたんじゃないかな」

 ハッと笑い飛ばす。

「聞き返さないから悪い」

 おれの言葉を静かに聞いた赤次は、暗い瞳で刈り上げから渡されたUSBを見た。あの機械なら、おれも持っている。隠れ家に隠してきた大切な宝物だ。機械の名称が解った。これもまた一歩だ。

「そうか……上手くいっても、みんなは、助からないのか」

 赤次はぽつりと呟いた。取り乱すかと思ったけど杞憂だった。コイツは花用たちのことを一番に考えているから、その他大勢の命は二の次なんだろう。

「全員が助かる妄想でもしとけ」

 天井を見つめながら答えた。返事はない。

「……」

 ……空気が、重すぎる。

「……おまえは助ける人数を絞って、確実な方法を選んでる。おれはそのほうが現実的だと思うね」
「説得、しきれてないけどね。まだ話せてもいない」
「なんとかするんだな。言っておくが、逃げるときにおまえがいなかったら置いていくぞ。そのときはこの国と心中って解釈するからな」
「あァ。僕もどうするか、直前まで悩みそうだよ」
「なんだ。悩んでるのか」

 起き上がったおれを見て、赤次は慌てて首を振った。

「やることはやるよ。君と協力するしか道は残っていないし。……それに、君は僕たちの命綱だから」
「媚び売らなくていいよ。やることやるってんなら罵声でもなんでも言えばいい」
「ねェ、さっきの春雨から逃げるって話、ほんとうかい? それに、ご家族を殺されたっていうのも」
「嘘に決まってるだろ」

 赤次に両手を見せる。意図が伝わらずに赤次は首を傾げた。

「この指の落としまえを取らせたいんだよ。ただそれだけだ」

 思い出して笑うと、赤次はびくっと震えた。

「やられたら、殺り返す。どちらかが死ぬまで続くだろうな」
「……君は、怖い子だね。平気で嘘をついて、騙して、利用するんだから」
「騙し合いが承知の世界で、騙されたほうが悪い――――なァ赤次。君、君って、いつになったらおれを“ショタ”様って呼ぶんだよ」

 おどけると、赤次は自然な笑顔を浮かべた。

「かわいい子がナルシストだと、なにも言い返せないね」
「そうだろ。よし、これからのことを考えよう」

 バラバラに行動するまえに、夜を徹して話し合いをした。刈り上げに進言するのは赤次の仕事だ。脅されたらすぐに動揺するから、そこに気をつけろと忠告した。赤次にも、君は生意気だからむやみやたらに毒をまかないようにと言われた。言い返す言葉もなかった。

 そして朝。ついに行動するときがきた。

「ここからが勝負だ。おれは失敗してもどうにかなるが。おまえは失敗したらここの奴らと心中だぞ。花用だって助からない」

 最後に釘を刺した。コイツに裏切られたンじゃ、そもそも作戦にならないからだ。赤次の知識がおれにあれば、自力でどうこうできるんだけどな。いまこのときだけは、自分の非力さを棚に置いておこう。

「わかってる。気をつけてね」

 覚悟を決めたのか、赤次は顔を引き締めて頷いた。軍人たちの足音が聞こえる。おれたちを牢からだすためだ。赤次が寝ずに作業してできあがったUSBを、おれに渡した。なくさないように、服の裏のポケットにいれた。いまのところ、おれの思惑とおりにことが進んでいる。だが肝心なのはここからだ。気持ちを引き締めないと。

 緊張している赤次を見る。コイツはきっと信じているんだろう。花用たちを説得できると、一緒に逃げられると。おれはコイツが欲しいだけ。あとはどうなろうがかまわない。視線を戻す。軍人たちのおでましだ。おれに向けられる視線は敵を見るそれとなんら変らない。信用はされていない。きっと他の作戦も同時に進行させているんだろう。

 その後ろには琴用丸と花用と、怯えている木用もいた。赤次は頷く。琴用丸も、応えるように頷き返した。

 始まった。

 ようやく戦いの始まりだ。おれの今後がかかっている。クソみたいに死んでいくか、それとも自分の決めた道を闊歩できるか。

 やって、やり返して。騙して、騙されて。脅して、脅し返して。

 最後に生き残った奴が、勝者だ。


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