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 おーおー。荒ぶってんなあ。

 罵倒はしばらく続いたが、次第にこれからどうするかという討論に代わり、さらなる白熱を極める。

 そんななか、赤次がこそっと近づいてきた。暗い顔はしていないが、周りの声にビビりながら、身体を傾けてくる。

「どうしてあんな、けしかけるようなことを言ったんだい?」
「そう聞こえたか?」

 横目で確認すると、赤次が顔をしかめていた。不安そうに軍人たちに目を向けている。人の心配なんて後回しにすればいいのに。赤次の部屋にあったよからぬ書類を思い出しながら、疑問を口にする。

「おまえ、ここの国の奴じゃないんだろ? 星も違うのか?」
「え、星は一緒だけど……」
「あ、そ」

 意味深に笑ってやれば、赤次は怪訝な顔をして口を開きかけた。

「オイ、なにを話している」

 軍人のひとりが赤次の行動に気がついた。その強い口調に赤次はパッと姿勢を正す。不穏な空気に、軍人たちは赤次に目を向ける。その瞬間、何人かの目が鋭くなった。

「そういえば、貴様は軍の機密データにハッキングした奴だな!」
「午後に連行する予定だったな」
「貴様、まさかスパイか!」
「い、いえっ! おれは……っ」
「まさか、本部に潜入するのが目的かっ!?」
「おまえはこうなることを知っていたのか!?」

 母国を犯され怒り心頭の軍人たちは、外国人の赤次を責め立てる。突然の攻撃に赤次はなにも言えず、真っ青な顔をしてあとずさった。

「やめてくださいっ! コイツはそんなこと……っ!」

 琴用丸が止めに入ろうとするが、赤次は軍人たちに取り押さえられた。刈り上げは難しい顔をしている。

「……約束だ。命は取らない。赤次も牢に入れておけ」
「親父っ!」
「この緊急事態に、おまえはなにをしていた? 木用まで外に連れだして、なにかあったらどうするつもりだったんだ?」

 怒鳴らないで怒る刈り上げは迫力があった。おれもあんな言いかたをすれば大人っぽく見られるのかな。家族喧嘩には興味がないので、押さえつけられている赤次を見下ろしてみた。抵抗する気もないのか、なすがままだ。

「立てっ!!」

 軍人たちは赤次の腕を縛り、無理矢理立ち上がらせた。刈り上げのいうとおり、牢に入れるんだろう。おれも大人しくついていこう。てか、おれよりも赤次のほうが悪人扱いだな。指を折られて万々歳だ。

 うなだれている赤次は、なにか後悔しているようだ。さっきの顔といい、なにか隠しているな。

「……」

 コイツはおれの本性を暴かなかった。猫を被ってると暴露しなかったのは、きっと保険が欲しいからだ。この国が春雨に及ばなかったときの脱出ルートを確保したかったんだろう。

 やはり、赤次は善人じゃない。

 迷路のような廊下を進み、投げ込まれた牢は思っていたよりも広い。ベッドはひとつ。真新しいメッキが塗装されてある銀色の牢屋だ。清潔なトイレもあるし、なんとベッドにはマットレスと掛け布団も用意されている。コレは牢屋といっていいのか? 客室でもいいんじゃないか?

「緊急事態で監視がいないこともあるが、逃げたら殺害する。妙な動きはするなよ」

 そう言い残して軍人たちはでて行った。赤次が呼び止めたが、振り返ったのは琴用丸だけ。なにか目で合図したあとに、軍人たちのあとを追っていった。ガキに時間をかけている場合じゃねーか。こうしている間にも国民たちは死に絶えているんだからな。

「どうして……」

 失望した顔で、赤次はその場にしゃがみ込んでしまった。おれはそんな意気消沈野郎を視界の隅に押しやり、ベッドを占領した。かび臭くもない。身体を動かしてマットレスの堅さも確認する。こりゃ快適だ。

 牢屋なんていうモンだから、春雨基準で考えてげんなりしていたが、嬉しい誤算だ。足を動かして靴を放りだす。こんなときは寝るに限る。赤次の寂しい背中をちらりと見たあとに、悠々と寝返りを打った。

 赤次以外の気配がして、目が覚めた。寝たふりのまま聞き耳をたてる。気だるい感じもしない。数時間は寝ていたらしい。

「――――まさかこんなことになるなんて」
「タイミングがな……悪りィが、俺も親父の誤解を解くことはできない。そんな時間がねェんだ。この数時間で支部がふたつやられた」
「ふたつも!?」

 紙を広げる音がする。

「ここと、ここ。どっちも国境に近い。敵を感知したと報告を受けたのは、さらにここだ」
「外側から攻めているのか……」
「あァ。それで、そこで寝てるガキに、まだ話していない春雨側の作戦を聞いてこいって言われたんだ……まァ。あのガキの知ってることなんて、たかが知れてるだろうけどな」
「――――そうでもないさ」

 髪を掻きながら起き上がる。身体が熱い。もう一眠りしたい。

「将軍様はなんて言ってた」
「……戦争が終わったら、安全な星まで送ってやるだと」

 思わず鼻で笑ってしまったが、気づかれなかった。

「そりゃ、いいね」

 欠伸をしながら、裸足で格子に近づく。ふたりの間には国の地図が広げられていた。地図にはゴチャゴチャと文字が書かれている。ペンで囲まれている箇所が軍事支部のある場所だろう。その上から×印が書かれているってことは、壊滅したってことか。ざっと全体を見て、指を示す。指の腫れはほとんど引いていた。

「赤次が言ったとおり、おれたちは外側から攻めている。そうすると、おまえらは必然的に内側へと逃げるしかない」

 指を本部のある都心にゆっくりと動かす。本部に辿り着いたところで、トントンと指で叩いた。途中、でそうになった欠伸をかみ殺す。

「逃げ込んできた大量の軍人や国民を、春雨が一気に殲滅する。その間に諸国は国境を越えて本格的に侵攻を開始する」

 琴用丸の様子を確認すると、握った拳が真っ白になっていた。

「春雨が撤退するころに、間髪入れず諸国の軍隊が首都へ到着。ここ(本部)に連合軍の旗を突き立てて、めでたしめでたしだ」

 琴用丸は、怒りに顔を歪ます。

「おまえの国が攻められる理由は知らねェが、見事な四面楚歌で同情するねまったく」
「うるせェっ!! それがてめェの本性かっ!」

 掴みかかろうとした琴用丸の腕をサッと避けた。

「おれはな、人によって態度変える派だ」

 さらに続く琴用丸の怒鳴り声に、入り口に立っている軍人が顔をだした。しかし何事もないと確認すると、また視界から消えた。それをなんとなしに見てから、琴用丸の次の罵声を待った。だが、次に声を発したのは赤次だった。

「僕なら、故郷の軍のサーバーに、ハッキングできるかもしれない」
「他国とのやり取りも見られるのか? 次にどこが狙われるのか解れば、対策ができる。爆撃機も飛ばせるな」

 琴用丸は、乱暴に頭を掻く。苛立ちを隠さないまま、赤次を睨んだ。

「それと、俺が本気であのハッキングはおまえじゃないって、信じてると思うか?」
「……まさか。貸しだね」
「いつか返せよ」

 身を乗りだした琴用丸に、赤次はゆっくりと頷いた。

「パソコンが欲しい。手に入るかい?」
「あァ。……なんとかしよう」

 真剣な顔で頷いた琴用丸は立ち上がり、背を向けて歩きだした。だが数歩いったところで、ゆっくりと振り返った。その顔は苦しそうで、すこし悲しんでいるような表情をしていた。

「おまえのこと、信じていいんだよな? 敵と繋がってなんか、ないよな?」
「あァ。信じてくれ。僕は、琴用丸たちを助けたい」

 赤次の言葉に琴用丸は頷いて、力強く歩きながらでて行った。赤次は真剣な顔をしたまま、琴用丸が消えた廊下をじっとみていた。しばらくして、もの悲しい顔をして俯いた。

「琴用丸は、国民を助けたいと思っている。だけど僕は、琴用丸たちのことしか考えていない。敵、の情報が入れば、逃げるタイミングも正確に掴めると思うんだ」
「そうだな。情報がないんじゃ、手の打ちようもないよな」

 適当に答えて、琴用丸が置いていった地図を格子から手を伸ばしてとった。

 おそらく、夜兎たちは別々に動いているんだろう。短時間で支部が壊滅したのも夜兎がやったに違いない。ということは、いまの都心は手薄か? それとも蛇兎が残っているのか? こんなこともハッキングができれば容易く情報を抜き取ったりできるのかな。

 はやく質問したかったけど、いまの赤次に答える余裕はないだろう。もう自分の世界に入ってなにやら独り言を呟いている。コイツは頭がいいみたいだし、いろいろ考えているんだろう。

 おれは赤次の邪魔にならないように部屋の隅に移動して、腕立てをすることにした。快適な牢屋に入り浸るなら、運動はかかせない。せっかく筋肉がついてきたところなのに、落ちたら泣ける。

 おれは女だから、十分に気をつけないとすぐにぷにぷにになってしまいそうな気がして、それが堪らなく嫌だった。

 ほどなくして、琴用丸がパソコンを三台ほど持ってきた。背中にはリュックを背負っている。

「俺はどれがいいのか判断できない。おまえが選んでくれ」
「とりあえず三台ともいいかな?」
「あァ、それと発電機な。使ってくれ。あとは食料と水……もしかしたら、しばらくこられないかもしれない。俺も戦場にいくから。代わりに花用がくると思う。少しでもいい。情報を集めてくれ」

 牢を開けて、琴用丸は荷物を置いた。そして一瞬だけ迷ったが、再び鍵を閉めた。おれはさっそく食料に手を伸ばして口に入れる。赤次はもらった機材を素早く設置して、準備を始めた。しばらくして、おれに一台のパソコンを寄越してきた。

「そのノートパソコンをあげる。一段落できたら教えてあげるから」

 意外な言葉に、気の抜けた顔になる。そんなおれを見て、赤次は視線を強くする。

「君に協力したら、僕たちをこの星から脱出させてくれるんだよね。君にそれができるのかい?」
「僕“たち”?」
「琴用丸たちも助けたい。君の話がほんとうだったら、この国は確実に潰されてしまう。春雨に略奪されている時点で、物資も人も足りない。この国はいずれ壊滅する」

 軍人を親に持つガキたちが、国を捨てて自分たちだけ逃げるだろうか。少なくとも“確実に”故郷が潰されるとは思っていないだろうな。

「おまえの説得が成功したときは、どうにかしよう。おれに逃がす力があるかって話だが――――」

 肩を動かす。

「そもそもおれは春雨の一員としてきてるんだぜ? 帰還するときに船に乗ればいいだけだ。そのときにバレないように誘導してやるよ」
「でも、指を折られたんだよね? 船に乗せてもらえるのかい?」

 下っ端に負けるほど弱いつもりはないが、いかんせん。おれが夜兎ってことは話すつもりがない。

「さっきも言ったけどな、おれは生きるためならどんな手も使うつもりだ。おれの背中についてくれば、おまえも助かる」
「説明になってないよ。それに、根拠のない自信じゃ不安だな」

 めんどくさいから赤次を睨んだ。

「勝手に不安がってろ。おまえの技術を学べたらいいとは思っているが、絶対必要なわけじゃない。おれが協力しなかったら、おまえは確実に死ぬんだ。なんならいま殺してもいい。パソコンが手に入ったけでも、御の字だ」
「……解った。君を信じるよ」

 選択肢のない赤次は、そう答えるしかない。またパソコンを触りだした赤次を横目に、おれはベッドに腰掛けた。

 ここの軍事力は、お世辞にも高いとは言えない。この星のレベルが解らないからなんともいえないが。

 それなのに、なぜ第七師団が動いたのか。猛者がいるところ以外は受けないんじゃなかったのか? ほかの師団でもない、第七師団が請け負うべき理由があるのだろうか。

――――わかんねぇな。

 いくら考えても、知識のないおれじゃ答えはだせない。

 しょせん、そのていどのレベルだ。



 事態が動いたのは、それから三日後だ。


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