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05


 さらに数秒がたったけど、夏目はなにも言わなかった。

 ……否定しないってことは、そういうこと?

 ひとつ、大きな深呼吸をする。気持ちを切替えるためだ。そっか。夏目には妖怪のことを話せる相手がいない。名取さんとはまだちょっと距離があるし、心置きなく話せる相手はきっと私しかいない。だから私に求める距離は友人より重みのある親友というポジション。思考はそこに落ち着いたんだろう。それに。それにだ。

――――友だちとして遊びにいくと学校で強調したのは……私っ。ことあるごとに"友人として"を強調したのは……私だっ!!

 夏目が口を開くまえに、ガッツリ手を掴み返した。沈黙が続いて夏目は不安に思っただろう。私は苦すぎる気持ちで言葉を絞りだした。

「――――承知したっ!!!」

 恐らく夏目にとって初めての親友。正直心中穏やかじゃない。モヤモヤする。だけどいきなり彼女になりたいなんて、そんなわがままは言えない。それだけは言えない。言いたいけど言えない。叫びたいけど言えない。やだやだと首を振りたいけど言えない。

 距離を決めてと言ったのは私。筋を通すのが人ってもんだ。

 夏目はなにも言わなかった。口が一文字になってる。私は私で不機嫌な顔を見られたくなかったから、思いっきり抱きついてやった。すごく落ち着く。ずっとこうしていたい。体重を夏目にかけたけど、全然ぶれなかった。キュンとする。

「あったかいねっ」
「あぁっ」
「あたし、抱きつき癖ついちゃったかもっ」
「えぇっ」

 やだやだやだ。そんな気持ちを込めて頭を肩に押しつける。ぐりぐりしてやる。ぐりぐりぐりしてやるっ!!

 慌てた様子の夏目だったけど、もう一度抱きしめてくれることはなかった。

***


「――――でね、その妖怪ったらあたしを見て逃げだしたのよっ! ただ目が合っただけなのにっ! しかも喰われる〜って逃げたの! おかしくないっ!?」
「あぁ。でも増田の気は迫力があるらしいから、それを見て驚いたのかもな」

 自転車の回る音がする。私は夏目を後ろに乗せてガンガン進んでいる。のんびり歩いて帰ると夏目の帰りが遅くなるし、なによりいまは早く帰ってアイスクリームをバカみたいに食べたい気分だ。

「到着っ!!」

 思ったより早く家についた。送ってもらわなくてもよかったのに、夏目は頑として譲らなかった。そこはめっちゃ嬉しかったけど顔にはださない。

「今日はあたしの話しを聞いてくれてありがとう。あたし、初めて誰かに喋ったかも」
「え? 大将さんたちは知らないのか?」
「まったく知らないわけじゃないけど、アイツらも親が離婚してたり兄弟荒れてたり、まあ色々問題あったし、あたしだけってわけじゃなかったから」
「そっか……増田、ありがとう。おれに話してくれて」
「夏目に聞いてほしかっただけ……気をつけて帰ってね」
「あぁ」
「お休み」
「……お休み」

 微笑んだ夏目がちょっとだけ寂しそうに見えた。どうしようか迷う間もなく夏目はすぐに踵を返して、敷地をでていった。

「……はぁ〜〜〜〜っ」

 力が抜ける。玄関にしゃがみ込む。

「おまえが親友とかめんどくさいこと言うからだろ」

 ちゃっかり夏目の後ろを歩いていたダルマは、いまの言葉を私に吐きたいがために着いてきたに違いない。

「……言ってほしかったの。あそこで否定してほしかったの」

 ほんとは心の隅で思ってた。夏目は否定してくれるんじゃないかって。好きって言ってくれるんじゃないかって。あーあーあー! ……なんてやな女っ!! 計算高い女っ!! 頭をぐしゃぐしゃにかき回す。 

「小賢しくて浅ましい。めんどくさい女とは、おまえのためにある言葉だな」
「……」

 返す言葉もなく、さらに心をえぐり取られる暴言が心に刺さる。肩のスズメが翼を広げた。

「夏目も男らしくなかったよっ! あそこで言葉に詰まったらだめだったよ!」
「お? 小鳥風情が私に意見するのか」
「磨美は小花のような可愛らしい恋心を成就させたかったんだよっ」
「小花? 茶色い苔のほうがお似合いだ」

 珍しい言い合いも、あまり耳に入ってこない。

「……あたし、女らしく告白されるのを待つとか、たぶんムリなんだ」

 立ち上がって、夏目が消えたさきを睨む。ほんと。面倒くさい嫌な女だ。

「駆け引きとかムリっ。直球勝負すればよかったっ……押し倒しとけばよかったっ!!」
「ひゅーっ! 大胆さんっ!!」

 スズメをそっと降ろして、拳を握る。

「追いかけるっ!! 親友なんて嫌っ!! いまから告白してくるっ!!」

 腕を思いっきり振って、走りだす。土でちょっと滑りながらも、好調な走りだしだ。遠回しな言いかたで誘導するなんて、気持ち悪い。好きなら好きって言えばいい。最初からそうすればよかった。夏目が満開の笑みを見せてくれた次の日にでも。おれの心は見えたか? とSッ気に見下ろされたときにでも、好きって言えばよかったんだ。

「なつめ……っ」
「とう!」

 背後でダルマの声がした。スズメが叫ぶ。振り返ろうとした私に真っ白な影が迫る。その影はあっさりと私を飛び越していった。

「サッサと帰るぞ夏目」

 そう言ったダルマは、自分の口のなかに夏目を放り込んで空に駆けていく。夏目が騒ぎながら、遠くに消えていく。

 ぽかーんと、口を開けて見送るだけの私。夜空に消えていく白い影。

「告白……邪魔された?」
「磨美ーっ」

 スズメがへたくそに飛びながら私の肩に落ちてきた。

「猫さんはとてもいじわるだよっ。乙女の決意を邪魔するなんてっ!!」
「……やっぱり、邪魔された?」
「されたよっ! 猫さんなんて言ったと思う? 青二才はせいぜい足掻けだってよっ!? 信じられないよっ! 最後は鳶が油揚げをぴゅーんだよっ!」

 チュンチュン抗議の声が耳に響く。意を決したのに。告白できなかった。いまが絶好のチャンスだったのに。逃してしまった。

 ……逃した? 違う。邪魔されたが正しい。職務怠慢のくそダルマに。なに? 告白なんてさせないってこと? 私の片思い面白がってんの?

「……決めた。やっぱりあたし、夏目の親友になる」
「えっ?」
「"まずは"夏目の一番の友だちになる。信頼を勝ち取る。唯一無二の存在になってみせる。ダルマに邪魔はさせない」
「……おぉっ。闘志が見えるよっ」
「そしてっ!!」

 拳を天に突き上げて誓う。

「困っていたら真摯に話しを聞くっ! 常に夏目の味方でいるっ! 優しくするっ!! 気を許してくれた時点で……攻めるっ!!!」
「おぉっ」
「ラッキースケベは全てあたしが総取りっ!! ダルマにはやらないっ!! 攻めて攻めて攻めて……夏目の心はあたしがいただくっ!!!」
「火ぶたが切られた感じだよっ!!」
「ダルマの邪魔が入ろうと、つけいる隙を与えなきゃいいっ!! いつか夏目の肩を抱いて、ダルマをあざ笑ってやるっ!!」
「応援するよっ! 頑張ろう磨美っ! えいえい、おーっ!!」
「おーっ!!」

 そうだ!! 今夜はこれでいい。自分のことを話せたっ。夏目の保護者との顔合わせも済んだっ。これは大きな第一歩だ。好調といっていい。一気にゴールインしなくてもいい。まずはここから。努力あるのみ!!!

 いいぞ磨美。夏目と再会できたことじたいが奇跡なんだ。トントン拍子にことが進まなくてもいいじゃんっ!! あたしの人生これからなんだしっ!!

 鼻息荒いまま家に帰り、固定電話の受話器を取る。

「もしもし母さん! あたし、夏目のご両親と顔合わせしたよっ!!」

 きゃーきゃー騒ぐ電話越しの母さんと、久しぶりに長電話した。笑って照れて笑って。じゃれてくるスズメを片手で撫でながら、楽しい夜を過ごした。

初恋! 努力! 勝利!



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