[ 9/15]

君、何故


「面有り一本っ! 勝負あり」

 二本勝ちで、流石私と言うべきか……個人戦。

 優勝しました。

「っしゃぁぁぁぁ!!」

 挨拶を終えて、面を脱ぎ捨て。

 私の雄叫びは会場全体に響き渡った。

 顧問に挨拶をし、熱い抱擁をいただく。

 部活仲間が駆け寄り、観客席からは友人の歓声が聞こえ、母さんの狂喜の叫びが聞こえる。

 手を振りながら、私の目は別の人を探していた。

 色素の薄い少年はどこか。きてくれているのは知ってる。

 見つけることができない。

 何気なく、関係者が出入りしているドアを見つめた。

 ドアが閉まる瞬間に見たのは、駆けていく少年の後ろ姿。

 夏目だ。あれは絶対夏目。

「ごめんっ、防具お願いっ」
「あ、表彰式はすぐだぞーっ」

 竹刀だけは投げるわけにも行かず、持ったまま走る。

 袴ってなんて走りにくいのか。

 どこに行ったかなんて、ホールに飛び出せば一目瞭然だ。

(あっちか)

 唖然とみんなが見つめる先に行けばいい。

 挙動不審な行動が今日再発するなんて、間が悪い。

 裸足のまま非常口を突き抜け、建物の裏側にでる。

 人の全くいないそこで、一人夏目だけが叫んでいた。

「く、くるなぁっ!!」

 普段からは考えられない声に一瞬足が止る。

(落ち着け)

 なんどか瞬きを繰り返し、あれは夏目だと脳にたたき込んだ。

 夏目はリュックを振り回し、必死になにかを追っ払おうとしている。

 瞳孔は開ききっていて、あんなに怯えている人の顔は見たことがない。

 なんで誰もいないのに、リュックを振りまわしているのか。

 なんで誰もいないのに、逃げ回っているのか。





――――あぁ、夏目は、そういう病気なのか





 幻覚とか、見てしまうのだろうか。

 それで夏目しか見えないなにかを、追っ払おうと暴れているのだろうか。

 じゃあ、あのとき窓を割ったのは? いまの夏目なら、やるのかもしれない。

 だって私が見ているのに、夏目は気がつきもしない。

 あのときはガラスを割って、それで正気に戻ったのかもしれない。みんなが見ていないときに、いきなり割ったのかも。



 ほんとうに、夏目が……




――――それなら、私にはどうすることもできない



 やっと夏目が、ごく普通の男子になってきたと思ったのに。

 膝から崩れ落ちそうになったとき、不思議なことが目のまえで起こった。

「え?」

 夏目の振り回したリュックが、なにもないところでぶつかった。

 壁にぶつけたように空中で一瞬止まって、夏目がまた力一杯にぶつける。

 なにもない空気に向かって。

 なにもないはず、だけど空気はなんどもリュックを受け止めている。





「――――あたし、ダサっ!!」




 恥ずかしさが込み上げてくる、言葉を吐きだし、それを誤魔化した。

 絶望した自身が恥ずかしい、バカだ私は。夏目を疑った。夏目ができるわけないのに。ほんとバカ。


 そのとき、身体は勝手に走りだしていた。

 強く握った竹刀

 かまえは下段

 思うことはただ一つ


“斬る”


「――――やぁっ!!」



 これが人間なら、もし手に持っていたのが真剣なら、相手の胴が地面に落ちただろう。

 その位の手応えがあった。やっぱり、見えないなにかはいた。

 確かに斬った。

 防具の胴を斬った体勢から身体を起こし、血を飛ばす真似をして竹刀を左手に納めてみる。

 なんでだろう。ほんとうに血が付いている気がした。

 腰を抜かしている夏目に向き合えば、鯉のように口を開け閉めしているだけ。

「大丈夫?」
「ご、ごめんっ、じゃなくてっ! 増田はっ……」

 頭上から爆発音がして、二階一帯のガラスが割れる。

「うわっ!?」

 まるで映画のように派手に砕けたガラス。

 小さな破片はしばらくクルクルと空を漂い、そして重力に従い急降下を始める。

 夏目は唖然と上を見上げ、怯えている。

「危ないっ!!」

 無防備な夏目を掻き抱いてしゃがんだ。

 直ぐにガラスの破片が降り注ぐ。

 抱いた夏目はやっぱり細く、余計に気合いが入った。

 とにかく、いまは夏目を守ろう

 話はそれからだ

君、何故

君を巻き込むくらいなら、おれが食べられればよかったんだ


- ナノ -