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04. 悲哀 (1/2)

04. 悲哀

about... Day-2.







漆黒に色付いた夜が、静寂な空気を厳かに支配している。
日の終わりを示す表徴。眠りを誘う沈黙。そして……

明かりひとつ灯さぬ中、無明の闇に陥るザックスは、部屋の片隅で蹲るよう立てた膝に頭を押し付け、微かな声を挙げていた。


「なんでだよ……」


ツォンに告げられた悲痛な言葉が、無限に脳を、心を蝕んでいる。

ザックスの右手には、強く握り締められた手紙が形を崩していた。
すぐ傍には長方形の黒い箱に巻かれた"SEALED"の帯が乱暴に破かれ、中に収めてあったいくつもの手紙が床に散らばっている。
その全てがエアリスがザックスに宛てて書いた、88通もの手紙だった。
彼女の四年分の強い思いと願いだけが、しっかりと刻まれて……

『――――遠くの地で、お仕事頑張っているザックスへ。
スラムは、もう直ぐお花でいっぱいになりそうです。お花を売るのも楽しいけれど、お客さんと笑顔で話せるのが何よりも楽しいな』

『――――ねえ、ザックス。まだ帰ってこれないの……?
花売りワゴンの車輪が取れちゃった。ザックスじゃないと修理できないよ』

『――――赤い髪のタークスが、ワゴンを直してくれました。ずっと怖い人だと思ってたから、ビックリしちゃったよ。
お花も順調に売れています。でもザックスがいないと、何だか寂しいな……
ねえ、今どこで何をしているの……?』

『――――ザックス……どこにいるの?
早く帰ってきて、一緒にお花を売ろうよ。ふたりで、ミッドガルをお花でいっぱいにしようよ……』

その言葉ひとつひとつが、心に強く突き刺さる。
目を閉じれば、今でも思い浮かぶエアリスの笑顔。柔らかな声。花の蜜のような甘い香り。少しだけ恥じらいを見せるさり気ない仕草……その全てが愛しいと、改めて実感する。
それを感じるのも、もう遅いことだと身に染みて知るが……


「なんでだ?なあ……なんでだよ……っ!!」


やり場のない怒りと悲しみが、全身を痛烈に貫く。
それをただ、叫ぶことで晴らすしか出来ない自分が何より遣る瀬無い。

ツォンから自分が死んでからのことを、とやかく聞かされた。というよりも放心状態だった自分に、ただ彼が一方的に、それも単調に話していた。


――――エアリスは世界を救おうとして、セフィロスに殺された。


セフィロス――神羅カンパニーが誇る精鋭ソルジャー1stの中で比類なき最強の男と評価された、いわゆる"英雄"の偶像。
その名と武勲は世界へとどろき、世の人々から絶大な人気や憧憬を得るに至った。
ザックスもまたセフィロスに憧れを抱き、ソルジャーを目指すため神羅カンパニーに入社した。そして漸く栄誉ある1stの称号を得て、セフィロスと任務を共にするようになる。

メディアを通じて目にするセフィロスは、ヒロイックながらも冷静さが漂い、他人に対して無関心な装いを感じさせた。
だがそれも次第に彼と接していく内に、胸の奥底に秘めたような穏やかさと人間らしい優しさ、そして自らの孤独を突き通した心の喪失まで露にした。
意外な一面は、数少ない彼の――心を許せる者にだけ見せてくれる。いつしかザックスも、セフィロスを憧れの存在から仲間へと意識しだした。
しかし自らの出生の真実を知り、狂気に駆られたセフィロスが人類の破滅を狙い、任務先の村――ニブルヘイムを無慈悲に焼き払ってしまう。
自我を失くしたセフィロスは、「母」と呼ぶジェノバ――ありし日に神羅によって発見された異形生物(モンスター)の力を得て、この星に住まう人々に復讐を下そうとした。
だが一兵士が与えた痛手により、ジェノバの首を抱えたままニブル魔晄炉へ落下し、殉職という形で処理され、一連の事件は神羅カンパニーの権力によって闇へ葬られる。
しかし死んだと思われていたセフィロスが神の天啓というように復活し、自らの仇討ちというように神羅の当時の社長――プレジデント神羅を惨殺した。

そうして再び星を復讐という名の死の闇へ沈めようと、セフィロスは世界を塵とすべく巨大な隕石メテオを宇宙から落とそうとする。
だが反神羅組織(アバランチ)を名乗る者たちが命を懸け、かつて英雄と名を馳せたセフィロスに立ち向かった。
当時アバランチに尽力していた古代種の末裔であるエアリスは、自らの特殊な力と引き換えにセフィロスの刀の錆となってしまう。
彼女の力とアバランチの勇猛な戦いにより、セフィロスに打ち勝ちメテオの被害は免れたが、その代償として地上から噴き上げたライフストリームの渦に包まれた世界――特にミッドガルは、甚大な被害をもたらすことになった。
全てを失ったかのように見受けられた世界だったが、生き残った者たちが力を合わせて少しずつ復興の道を歩み、長い月日を重ねて現在(いま)に至る。

廃れてしまった世界は、数多の犠牲を乗り越えて息を吹き返した。
だがエアリスが死んでしまったのが真実ならば、俺は何の為に生還したのだろう。

再興した世界の中で、ここに打ちひしがれているのは無力な自分……
エアリスの幼い頃から付き合いがあったツォンも、ただの神羅の"ターゲット"として接していなかったことは何となく察していた。ゆえに彼もまた、痛恨の感情を持ち得ただろう。
だがそれを一切見せることがないのは、十年近くの時を超えて彼女の死という現実を認め、乗り切ったからなのだろうか。
それでも今の俺には、いつかそんな日が来るとは到底思えない。乗り切る……すなわちそれこそが、エアリスの存在そのものを風化してしまうかのように思えた。

『――――ささやかな希望は23個。
でもザックスはきっと覚えきれないから、ひとつにまとめます。もっと一緒にいたいです』

記憶の中で、彼女が書き記したメッセージが甦る。
今でも手を伸ばしたら、彼女の細い腕を掴めそうで……


「俺だって、一緒にいたかったよ……エアリス」


エアリスは、もういない。
エアリス……俺の大切な、誰よりも大切にしたかった人。
守りたかった。でも、守れなかった。

ただこの胸に宿るのは、言いようのない虚しさと憎しみだけ……


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