メモリー
『大事なミッションがあるから至急俺ん家集合な』
携帯の用途はもっぱらメールで、自分で設定したことも忘れていた着信音が高らかに鳴り響き、驚いて携帯を掴む。
電話に出ると、『俺俺!』から始まり、用件だけ言って一方的に切られた。不親切窮まりない親友に思わず笑ってしまう。
仕方なく部屋から出ると、外の熱気が気持ちいい。冷房は効き過ぎる、が、すぐに心地よさからは掛け離れた暑さが襲って来るので、冷房を切る気にはなれない。
適当に服を着て、携帯だけズボンのポケットに入れてそのまま家を出た。自転車にまたがり焼けたアスファルトの上に漕ぎ出す。
「あぢー」
なんで俺が行かなきゃいけないんだ、てめーが来たらいいだろなどと心の中で悪態をつきながらも、自転車をこぐと肌に当たる風が気持ちいい。しかし親友の家まではそう遠くもなく、風を感じるのもつかの間だった。
「おー来たな、」
「おまえが呼んだんだろ」
俺を呼んだ岡は、玄関前の段差に座りこんでいた。脇には紙袋があり、差し込まれた新聞紙が覗いている。
「何すんの」
「ちょっと燃やそうかと思って」
「何を?」
「家」
そこで、何を馬鹿なことを言ってんだ、とか、冗談だろ?とは言わないところが俺の良いところだと自分では思っている。
「正気?」
「残念ながら。」
「すばらしい!」
「マッチもある。」
「灯油は?」
「あー…」
岡はわざとらしい笑い方をしてから袋を持って立ち上がった。
「仕方がない。今日のところはこれだけにしといてやるか!」
「つかそれメインだろ」
「当たり前だろ」
岡の持っていた紙袋には写真や文集が入っていた。小学校と中学校の時のものだ。
「燃やす」
「なんでまた」
近くの公園はこれといった遊具もなく、閑散としていた。水呑場の傍に荷物を広げ、新聞紙をくしゃくしゃと丸める。
「俺さ、こないだゲームしててよ、気付いたんだわ。すげーこと」
「はあ」
「メモリーカードあんじゃん。あれ、容量って決まってるからさ、新しいデータ作ろうとしても作れないだろ」
「ああ、そうな」
「要らないデータ消すだろ。あれだよあれ」
俺は岡の昔の写真を見て、ちっさいなあとか、変わってないなあとか、ほほえましい気分で眺めながら話を聞いていた。
「俺、今が1番楽しいからさ」
「ああ、俺がいるから?」
「ちょ…それもそうだけど言うなよきめぇから」
「うん、きもいなちょっと。悪かった」
で、と話を促しながらもなんとなく言いたいことはわかったので、その後の返しを考える。
「だから、その1番楽しい時代をさ、1番多く記録するために、要らないデータを消去しようと思って、こうして昔の写真を燃やそうとしてる訳ですよ」
「なあ岡、なんでみんながそれをしないか知ってる?」
「何?」
「みんなおまえと違ってメモリーカードの容量多いんだわ」
「ころすぞ」
ケラケラと笑い、無造作に地面に散らばる写真を集める岡を見て、勿体なくね?と言ってみる。
「写真嫌いだし」
「俺も好きじゃないけどさ」
「水族館とか行って、水槽見ずにデジカメばっか見てんの、馬鹿じゃねえかと思わね?」
「あーそれはな。文明に玩ばれてるよな」
「そうなんだよ。もてあそばれてる」
そういえば、写真を撮るということは現在を過去に閉じ込めてるんだとかいう文章を教科書かなんかで読んだな、と思い出したが、どうせこいつは覚えてないな、と口に出すのはやめた。あの文章には「たしかに」と思った記憶があった。
「まあとにかくだ、この写真を燃やす。んで、新しい思い出をつくる。写真なんか撮らなくても覚えてるもんは覚えてるし、写真撮ったって忘れるもんは忘れる」
「将来おまえが自分の子供の写真とか超撮ってたら笑うな」
岡は力強い手つきでマッチに火を点け、新聞紙に火を移した。みるみるうちに広がる炎は下の写真に燃え移り、炎の縁の黒い部分がゆらゆらと紙を侵食していくのが何か生き物のようだった。
ぱちぱちと小さく弾ける音を聞きながら、思った。
「あっつ!!真夏にたき火とか馬鹿じゃねえの!」
「今更だな!思い付いたんだからしょうがねーだろ」
「ふつーこういうのって秋とか冬とかだろ。感傷的になるのもたき火するのもさあ」
「馬鹿、空気乾燥してたら危ないだろ!」
「まじめ!」
よくもまあたった二人でこんなに盛り上がるもんだと我ながら感心する。親友が親友たる所以だ。
「あ、花火やりたいな」
「男二人でか!」
「さびし!みんな呼んだら来るだろ。買いに行こうぜ花火」
「あ、俺財布持ってきてねー」
「使えねー!」
ひとしきり笑いあって、俺は、
この瞬間の空気とか、雰囲気とか、話してる内容とか、絶対写真には写らない、そういうのを思い出って言いたい。
そういうのを、忘れたくないなあと、思った。
END
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青春してみた。
友達とするくっだらない会話ほど贅沢なものはない。
20110831
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