盲目の魔女
2015/10/20 10:38


私の師匠はとっても優しい。いつも穏やかな笑みを浮かべていて美味しい紅茶を淹れてくれる。魔法の腕はそこそこ。ちょっとドジなところがあるのもかわいい。

(それもこれもぜーんぶ演技だったなんて)

私の師匠はとっても優しい人だった。私たちはヒトの住んでる世界から一歩迷い込んだ世界、魔法といわれる技術が少しだけ発達した世界の、とある村のはずれの森の奥に、かわいいお家を構えて住んでいた。

私は9つのときに魔女見習いとして師事する先生を探していて、そのとき師匠は長い人生で最初で最後の弟子の募集をかけていた。偶然か必然か、そうして私は師匠の元に弟子入りした。師匠は美しい魔女で、昔家族がヒトにいじめられて村に住むのが嫌になったと言って、辺鄙なところに住んでいた。私はその森の奥のかわいいお家もおとぎ話みたいで素敵、と、いまの暮らしをとても気に入っていた。

師匠は村に行くのを嫌がって、必要なときは私が村まで行くか、昔からの知人であるというヒゲのおじいさんがモノを持って来てくれていた。

ある日のこと、師匠は普段と違う雰囲気をまとって、服装もいつもと違う、ヒトの女が着るような服を着ていて、なんだか気持ち悪いなと思っていた。ちょっと出かけてくるわと言った師匠は顔も違っていた。魔法で他人から見える姿を変えることは、ある程度魔法を習熟した魔法使いには容易なことだ。容易なことだが、ふつうそんな魔法は使わない。なぜって、弱い魔法使いはそのまま自分の本当の姿を見失ってしまうから。変化の魔法を好んで使うのは数百年生きた大魔女くらいのものだ。
なぜ師匠がそんな魔法を使っているのか、服装まで変えて、出かける先はどこなのか。なんだか知りたくないような気がして、私は師匠を見送ることはせず、森のほうへ走って行った。

しばらくたって、私がぼーっと草の実を摘んでいたところに、嫌な空気が立ち込めた。純粋な生き物しか住んでいないこの森で、嫌な空気の原因となるのは私か師匠しかいない。私はすぐに走って家へ戻った。
そこには、いつもの顔を「貼り付けている」師匠と、村で見かけたことのある、金持ちの太ったおじさんが2人。

「あら、帰ったの」

師匠は笑顔で私のほうを見た。嫌な空気の原因になっていたのは間違いなく彼女で、私はゾッとして、なにも言えずに扉を背にして張り付いた。

男たちは何事かわめいていた。騙したな、一体どうするつもりなんだ、ただじゃ済まないぞ、恐ろしい魔女め……師匠は聞く耳も持たず、笑みを浮かべて男たちの前をうろうろと歩いた。

師匠は棚から小さな小瓶を手に取った。中の黒い粉末を少しだけ手のひらにとると、それを宙に向かってふっと吹いた。すると黒い粉末は舞い上がって空中に形をなした。

「……呼ンダカ、魔女ヨ」

その低いザラザラとした声は「良い」ものとはとても思えず、恐ろしくて私は本当にただただ見ていることしかできなかった。

その黒い魔人はそばに禍々しい門を喚び出し、その黒い闇に溶けると姿を実体のものに変化させて再び現れた。それは本で見た禁呪であり、魔人は地獄よりの使者だった。
魔人は師匠の望み通りに男の一人の命を呆気なく奪い、恐怖に怯えるもう一人の男を贄に、闇の門から何者かを喚び出した。それは若い男だった。それは見覚えのある、師匠のかつての婚約者。
師匠のほうを見ると、頬を紅潮させて、今まで見たことのない恍惚とした、幸せそうな表情をしていて、もはやその婚約者の男以外なにも見えていなかった。以前から美しい女性ではあったが、もっと冷たい、ゾッとするような、でも目が離せなくて、別人のように美しかった。
彼女は足元から漆黒の闇に包まれながら婚約者を愛しそうに愛で、抱きしめ、それに応えるように男も彼女を愛し、2人はキスをした。彼女のその姿はまるでウエディングドレスを纏っているようだった。漆黒のウエディングドレス。

あまりに美しいその姿に見惚れていると、徐々に彼女を侵食していく闇が周りにも広がり、私は我に返って慌てて家を飛び出した。彼女はあのまま蘇った婚約者と2人で地獄の焔に包まれ堕ちていくつもりなのだろう。私は無我夢中で走って逃げた。私は……。


噂を耳にしたことがあった。森の魔女は恋人を殺され森の奥へ消えたのだと。話に聞く彼女の言動はあまりにも私の知っている彼女の言動と違っていたので、全く信じたことはなかった。騙されていたのは私だったのだ。
彼女は恋人を殺された復讐をするためにずっと準備していたのだろう。穏やかな笑みの聖女の顔を貼り付けて、私に悟られないように魔法の力も嘘ついて。弟子をとったのも良い手足を手に入れるため、そしてその姿で他人を騙すことができるか試すためだったのだろう。

(あんな力があるならもっと魔法を教えてくれればよかったのに)

騙されていたと思う惨めさと、大好きな師匠と帰る家を失った悲しさが一気に押し寄せて来て、私は一晩中森の樹にもたれかかって泣いた。

彼女の、あの表情が、恋に狂う姿が、眼に焼きついて消えなかった。




翌くる日私は一歩踏み出しヒトの住む世界へ訪れた。魔法を使う環境がない世界、魔法のような技術が溢れかえった世界。
彼女が、賢明な魔女が我を忘れて狂うほどの「恋」というものがどういうものなのか知りたくなったのだ。

(そのためには魔女という立場は不都合過ぎるから)

私は魔法のない世界でふつうのヒトとして、恋を知るために、生きてみることにした。今の私はなにも持っていない、全てを失った。ならば何をしても惜しいことはない。私にも理解できるだろうか?彼女の生き様を。

私はヒトの多さに驚きながら雑踏をわけた。アスファルトの硬い地面が歩みを押した。





end




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