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戦場の緊迫感と、緊張感。
何度も味わったことがあるわけではないが、ひりつくこの雰囲気に慣れたいとも思わない。
夜、ようやく一息をつけたとは思っているが、そんな穏やかな時間を切り裂くように音もなく現れたのは見慣れぬ男で、それは見間違うわけもなく敵国の兵士達だった。
兵士達はあっという間に俺の周りにいた味方の兵士を捻じ伏せ、俺に迫り来るが、先頭にいた奴が何かに気がついて急に脚を止めた。
そして何を思ったのか後ろを振り返り、持っていたナイフをテント外に向かって勢いよく投げつけて叫んだ。

「早く逃げろ!」

男がそう叫ぶのと同時に放り込まれたのは手榴弾だった。
敵味方問わずに此処を爆発させる気か……!
男はそれを瞬時に地面に落ちる前にナイフを投げつけて処理するが、最後の一つが地面に転がろうと落ちていく。蹴飛ばそうとするが間に合うわけなんかない。死ぬとしても敵国の兵士だ。
だから助ける必要も、義理もないのに、俺は何故か咄嗟にその男を抱き寄せて、爆破から救い出していた。






******





「名前は?」

問うても返事はやはりない。
彼以外は爆発に巻き込まれて負傷、もしくはそのまま死んだり逃げたりと散り散りになった。
彼は生き残った者を逃すためにあえて俺達に捕まったような気もする。
それほど捕縛した時は無抵抗だった。あれほどの動きが出来るのならば抵抗することも出来ただろうに。

「答えてくれ、お前の名は?」

舌を噛み切らないようにマウスピースは噛ませてあると言っていた。だから話せ、と言っても酷なのかも知れない。けれど死なれたら寝目覚めが悪い。それに両手足を縛ってあるから抵抗は皆無だ。視線はひたすら地面に注がれ、俺達を見ようともしない。

「ねぇ、聴いてるの?」
「っ!」
「やめろ、リョウ」

リョウが彼の胸倉を掴み、殴りかかろうとするがそれを制す。たとえ敵国の捕虜であっても最低限の保証はされるべきだ。

「でも、喋らないとコウが……」
「良いから手を離してやれ」
「……わかった」

リョウに手を離され、椅子に座らされた衝撃で今まで俯いていた彼の顔を初めて見る。
とても穏やかそうな、一見無害そうなこの男が……
彼はもごもごと口を動かして何か話そうとしている。なんとなく、だか舌は噛み切らなさそうな気がして、咥えていたマウスピースを取ってやる。

「衛藤昂輝、軍の大将の、息子さん……」
「調べていたのか」
「そりゃね……でも、まさか君達諸共爆殺されそうになるとは思わなかった」
「敵が多いからな、俺は」

ふっ、と彼は笑うと俺を見上げてくる。
存外若い男で、可愛らしい顔立ちをしている。見ようによっては綺麗とも思える。そんな不思議な魅力がある。

「ねぇ、このまま殺してよ。俺は何も知らないから君達のお役には立てない」
「役に立つかどうかはお前が決めることじゃない、俺が決める」
「……噂に違わず、傲慢だ」
「随分と正確な情報だな?」

俺の隣にいるリョウが不愉快そうに顔をしかめるのがわかる。けれど、多分コイツは優秀な兵士だ。そんな気がする。警戒は怠れない。

「一つ、忠告してあげるよ。捕虜にしたんだったら隅々まで持ち物チェックしたほうが良いよ」

そう言うなり、掛けていた手錠が床に音を立てて落ちる。その瞬間、彼は何処に隠していたのかナイフを俺達に向けている。

「……凄いな」
「そう仕込まれたからね」
「やはり殺すには惜しいな」
「俺なんて使い捨ての存在だよ」
「だったらお前の命は俺が貰ってもいいだろう」
「……本当、傲慢だ」

脚に着けていた拘束も外したようで、彼は立ち上がると、座らせていた椅子を部屋の端に蹴飛ばす。その間視線はずっと俺達に向けたままであり、勿論ナイフも向けられている。それなのに不思議と殺されるような気がしない。

「どうせ戻っても再教育されるか、殺されるだけ。だったら何処で死んでもいいよね」

そう言って俺達に向けていたナイフを自分に向けるのと同時に銃声が二回。一度目はナイフを弾き飛ばし、二度目は……

「俺達を舐めないでよね」

リョウが隣で拳銃を構えていた。打った拳銃は実弾入りのものではなく、麻酔銃なのは知っている。流石に訓練された奴でも麻酔銃を不意に喰らえば再起不能になるだろうが……

「なに、これ……?」
「驚いた、起きてる」
「痛い、けど……血が出て、ない……」
「大型動物以上じゃん……コイツ」

かろうじて意識を保っている。
けれど、麻酔の効果はあるのか身体は起こせないようで床の上で必死にもがいている。

「コウ!大丈夫?」
「問題ない。流石はケンだな」
「褒めるなって。で、コイツは牢にぶち込んでおけばいいの?」

一度目の銃声はケンが放ったものだ。それがナイフを的確に狙い、弾き飛ばした。
いつリョウはケンに合図を送ったのだろうか。それともケンの独断か。いずれにせよ、この2人は本当に侮れない。

「いや、ダメだ。俺の手元に置く」
「コウ、何言ってるの!?」
「リョウもわかるだろう?敵国の兵士で、かつ、容姿が整っているものを牢に入れるとどうなるかなど」
「……っ、そう、だけど…」
「だからダメだ」
「それでコウに何かあったら俺は……っ!」
「何もない、あったら……俺の見る目がなかったと言うことだ」

もう、そうなったとしても後悔などしそうにない。この男に殺されるならば、俺は……
そんなことを思ってしまう。






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