「それで副長、ここからは仕事外の話なんですが」
「……あん?」
「わたし、合コンに行って参ります」
「なんて??」

今朝急遽、仲の良い友人から「どうしても女の子の人数足りなくなっちゃったの、おねがい!」といった内容の連絡を受けた。
もし内緒で参加して、あとからバレても面倒なことになると分かっていたので、事前に目の前の上司兼恋人へ相談することにしたのである。わたしの仕事がひと段落したこのタイミングで。

「ええ、どうしても今夜人が足りないんですって」
「わざわざご丁寧に浮気してきますってか? いい度胸してんじゃねェかよ、あん?」
「いえ、する気がないからこその事前報告です」
「っはは、どーだか」

吸っていた煙草を灰皿へ押し付けるとこちらを見る。友人にはよく「あんたの彼氏怖いよね」と評される目つきの悪い双眸が、わたしを捉える。念入りにセットされているらしい金髪が、窓から差す夕陽に照らされている。

「まァ、行くのは構やしねーが……」
「ダメって今言われても困ります」
「タダって言うわきゃねェだろ、あん?」

嬌然と笑って、副長はわたしに手を伸ばし腰から抱いた。どこのブランドかはしらないけど、いつも彼がつけている危うげな香りが鼻腔へ入り込む。
わかってた。こうなる気はしてた。恐らくこの男は悪い意味で自分の立場をわかっている。仕事中にこんなことになったって、彼を叱るような立場の人間は今のところほんどいない。
耳朶にくちびるを寄せ、その風貌には似つかわしくないほどに甘い囁きとともにわたしはいとも容易く抵抗する意欲を失せさせた。

「他の野郎に手出しさせようなんざ思わなくさせてやらァ」

耳を柔らかく吸い、舐る。そのせいでカッと肌が熱くなるのが解った。わざわざそんなこと言われなくたってわたしは他の男に触れられたいなんて思わないのに。そんなふうに言ったところで納得しないのが副長、もとい退なのだ。

隊服の釦を外すと大きく無骨な手が驚くほど優しくその双丘を捏ねまわしていく。指先が時折、隆起した中心を掠めて声が上がる。満足げに口角を上げる退が、今度は首筋や鎖骨に唇を落としてゆく。ただの口づけなんかでないことが、その都度起こるほんの少しの痛みでわかっていた。これで胸元が大きく開いたような服なんか着られなくなった、と残念なような嬉しいような気持ちで彼を睨む。すこしでも嬉しい気持ちがある時点でわたしもわたしだ。

「このへん、真っ赤だなァ」

退が心底楽しそうに、今しがた自分でつけた痕跡を指差す。

「誰の、っせいで……」
「へいへい、その誰かさんの女は嬉しいみてェだけど?」

履いてたズボンが少しだけ降ろされていて、その隙間から下着越しに指が滑りこんでいる。いま触れられている箇所が湿っていることに自覚はあった。仕事中なことをしってるんだろうかなんて、それはわたしにも漏れなくブーメランが刺さっていることだろう。せめて声だけは抑えていないと、と決意を固くして、近づいてくる唇を受け容れた。

「ん、……っ、ふ」
「……口開けろや、あん?」

言われた通りに小さく開けた唇の隙間から舌が入り込む。さっきからずっとしてる退の匂いと、わたしのことを攻め立てる舌と指の感覚で体の芯からぼんやりと疼いてくる。麻薬みたいに依存性が高くて困る。名付し難いそれに膝を擦り合わせるしかない。

「えっろい顔してんなァ」
「してな、い」
「なまえの所為でもうチンコ痛ェわ」

えろい顔について否定はしたものの、実はそうかもしれないという気はしていた。
退は、痛いと訴えたその箇所をアピールするみたくわたしの腰に擦り寄せて来る。
そうされる前から身体の奥がどうにも熱くて仕方なくて、収拾つけられるのはひとりしかいないし、方法だってひとつしかない。

「で、どうされてーの?」
「……おねがい、退、っはやく、きて」
「お望み通り愛してやっから……んな急かすなよ、あん?」

よしきたと言わんばかりに呵呵と笑う退が隊服のベストを脱ぐ。雑にわたしの頭を撫でながら、スカーフを解いてワイシャツの釦を外していく。ベルトを取り外す金属音にだって期待を募らせてしまう。
全てがすこしずつ肌蹴た状況で、履いていたズボンや下着も片足だけ脱いだかたちになる。横になるわたしの片足を上げさせると退のかたく直立した性器がぐっとめり込んでくる。こればかりは不意に高い声を上げてしまい、あわてて口を塞いだ。

「っぁん、……だめ、っ」
「……、まだ、きちーわ」

なにかに縋りたくて、溺れるみたいに畳へ爪をたてた。脚が力む。こっち向け、と頭を上向かせられると再び唇が重なった。舌と舌を伸ばし合って、からだの中だって深い所で繋がって溶けるみたいに。
とくに同意を得るでもなく動きはじめた退は、強く頂点へ追い遣るかと思えばふっと間を外す。そうかと思うとまた、己の獰猛さを押し付けるように動いた。粘っこい音にむわっとした匂いと、齎される性感に全てが支配されてゆく。

「他行く、なんて……おかしな気ィ起こすんじゃ、ねェぞ、っ」
「そんなん、しないっ、しない……から、あ」
「まァ、ンな半端な愛し方してるつもり、……ねーけど」
「……ん、しって、る」

早口で低くまくしたてる退にいちいち心臓が高鳴って、身体が啼くみたいに反応する。見た目や言動からして乱暴かと思うとド甘くて、どうにもやめられない。もっときつく抱いて壊してくれたって構わなかった。

「ん、っあ、いきそ、イく、っ」
「あん? っ、……好きなだけ、イけや」
「ひう、っあ! 〜〜! さがる、退……!」
「なまえ、っぐ、……出る、っ、!」

喉奥から絞り出すみたいな声にますます身体がぎゅうっとなって、腰がびくびくと跳ねた。屯所でこういうのはやめたほうがいいとわかってても、退に押し切られてしまうと本当にわたしは弱い。嫌とも思えないから本当に困るのだ。




「痕なんざつけたところでどうせ、服着たら見えねェわな」

全てがひと段落してから、退が言う。解っててやってたくせになとわたしは思う。

「あ、シャワー浴びんじゃねェぞ」
「えっ」

丁度浴びようと思って一旦隊服を着直そうとするわたしに、無情にもそんな縛りが課される。
それから、あ、となにか思い出したように机の横の引き出しをゴソゴソと漁り始める。取り出したのはガラス製の蒼い瓶のようなもの。それの蓋を開けると、わたしの腕を引き寄せてその瓶からスプレー状のものを上半身へ1プッシュ噴射させた。と同時に香った匂いにそれがなんなのかすぐに分かる。これは、香水だ。それも、今退がつけているものと同じ。上半身につけるには重すぎるその香りに噎せそうになる。

「っな、なにするんですか」
「あん? 男避けに決まってンだろ」
「ええぇ……」

退の香水。ゴリゴリに男性用であろうそれを丁度さっき赤が散りばめられた箇所にかけられては、もうこの人の女ですと言って歩いているようなものである。ただでさえ、今ので煙草の匂いだって移っているだろうに。もっともそこに気づくような人物が身近に、はたまたこれから行く先にいるかは分からないが。
どうあれ、これからわたしは着替えるために自室に戻らなければいけない。とにかくわたしはこの後屯所内の誰ともすれ違わないよう、存在するかもわからない神に必死で祈った。



20210728


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