※そこそこ下品



「どうしてこんなことに……」

時は3月。とはいえまだ寒い季節である。あまり感動とは縁のない卒業式を迎え、春休みの真っ最中。俺が家族と暮らす家の隅にある俺のものとされている部屋には何故か、元3年Z組内で風紀委員を務めていた男子が集合していた。

「ていうかなんで皆して制服着てんですか……俺もだけど」
「なんでって、ザキの為だろ!?」

局長がバカでかい声で答える。俺の為であるらしい。大迷惑でしかないんだけど。

「題して、ザキの彼女にお返しサプライズだいさくせーん」
「いつも以上にやる気がなさそうなのは俺のためだからですか沖田隊長」

俺がそう突っ込むのも華麗にスルーされてしまう。もう俺黙ってたほうがいいのかな。
副長は局長の隣で少し大きなホワイトボードを持っている。まるでうちの学級委員長が引き連れていた謎の生き物みたいに。そこには本日の議題が決してキレイではない文字で書かれている。本音を言えば、放っておいて欲しい。俺となまえちゃんのことなのに。だが、普段ぞんざいに扱われている所為か、悪い気はしなかった。

「はいはーい! ザキがヌルヌルになって『プレゼントはお・れ(はーと)』って言えばいいと思います!」
「却下に決まってんでしょ! 嫌われちゃいますって!」
「土方はし・ね」
「よォし上等だ、表出ろ総悟」
「他人の家で喧嘩せんでくださいよ!」

座ったままで一切動いていないのに息が荒くなっていく。クソ、俺ひとりじゃ捌ききれん。早くも新八くんに救援要請をしたい。ただ、このメンツではもはや新八くんすらボケ倒し始めそうだ。やめておこう。むしろ揃ったのが元風紀委員のみでよかった。これが元3Z男子勢揃いだったらと思うとゾッとする。

「絶対面白がってるだけでしょう、アンタら」
「あ、バレた」

俺がそう言うと間髪入れずに沖田隊長が答える。むしろバレないとでも思ってたとしたらよっぽど頭を怪我しているとしか思えない。いや、してるんだ(確信)。

「そもそもその、山崎はみょうじの欲しいモンとか好きなモン、わかってんのか?」

その問いかけに少しだけ光を見出すことが出来た。副長だけが唯一まともに話し合おうとしてくれている。正直マヨネーズでもプレゼントすればいいとかトチ狂った発言をしてくるだろうと思ってたからこちらは既にツッコミの台詞まで準備していたのに。貰ったチョコより脂質倍返しじゃないですかと。流石にイマイチかな、これは。

「一応、わかってるつもりですけど……」

彼女とは友達として仲良くして貰っていた分、ある程度趣向などの情報は持っていると思う。甘いものは、まあ嫌いじゃない、とか。

「付き合ってまだ1ヶ月しないんだろ、まだ身に付けるもんはやめとけ」
「どうせすぐ別れるって言うんですかィ、土方さん残酷でさァ」
「違ェわ! 1ヶ月くれェしか付き合ってねーのに大層なモン貰ったってむこうが萎縮すんだろが!」
「そっか、さすがトシ!」

存外建設的な意見でありがたい。正直あとのふたりからは大した意見を期待できないであろうことは容易に想像がつく。沖田隊長がなにかを言おうと口を開いたこの瞬間も、嫌な予感しかしなくて身構えてしまう。

「ところでザキ、なまえとはどこまでいったんで?」
「ぶっ、げほっごほ!!」

身構えていたくせにそんなベタな質問に飲みかけたお茶を盛大に吹いて噎せ返ってしまった。沖田隊長の言うどこまで、とはやはりその、そういうことだろう。

「えっ、今総悟そんな変なこと言った? どこまでってデートの話じゃないの?」
「……近藤さんは解らんでいい」
「早い話、もうセックスしたのかっつーことでさァ」
「総悟テメ、みなまで言うんじゃねェ!!!」

なんだろう、俺の話をしているはずなのにこの置いてけぼり感は。それに、ベタな質問にこれまたベタベタな勘違いをする近藤さんにしなくていい訂正を入れられた所為で、余計に答えなきゃいけない空気になった気がするんですけど!

「何ィ!? 総悟、破廉恥なのは良くないぞ! ……でも俺も気になるぅ」
「くだらん。んなもん聞いてどうすんだよ」

そればかりは副長に同意だ。俺みたいなやつの恋バナなんか聞いてどうするんだ。沖田隊長の問にバカ正直に答えるとしたらそれは「NO」だ。あれから何度かふたりで出かけたりはしているものの、手を握ったりするだけでいっぱいいっぱいである。甘酸っぱ。

「まあ、聞かなくたってわかりやすけどね。まだなんだろィ」

じゃあなんで聞いたんだこのドS野郎……! 人知れず拳を握る。有意義だったのかわからんこの時間で、とりあえずウチ──ここに呼んでみるかなあと考えるのだった。


さて、当日である。結局副長の意見をを鑑みてお返しも食べられるもので選んだ。お返しのお菓子にも色々と意味が含まれているらしく、それも自分で調べた上で。そして念の為言っておくが、今日は流石に私服だ。

「親も居ないから、何も気にしないでいいよ」

緊張しているのか身を固くするなまえちゃんが、俺の部屋にいるというだけでこちらが変な気分になってくる。
何も気にしないで、といいつつ俺の方が色々と気になってしまう。掃除が行き届いていないところはないかとか。もちろん見られて困るものは亡きものにしたつもりだけど。

「ちょっと寒いし、飲み物は暖かいのがいい? お茶ならあるけど」
「うん、ありがとう」

そう聞くと目を細めてお礼を言ってくれる。今日の服装や髪型も、可愛い。メイクも少し、してんのかな。女の人は男の為でなく自分の為にお洒落をするのだとはよく聞くけど、今日ばかりは俺のためだって自惚れても許されたい。こうして一緒に歳取って、どんどん可愛くなっていくなまえちゃんを傍で見てられるといいな。
飲み物を持っていくと大人しくカーペットの上に座っていたらしいなまえちゃんが再度、お礼を言ってくれる。飲み物と一緒に用意していたお返しの箱を渡す。

「こっちはホワイトデー」
「わ、箱かわいい」

男がひとりで買うのは恥ずかしいくらいの可愛らしい色合いの中身と箱だった。ホワイトデーの時期だからその恥ずかしさは緩和されていたし、何よりそれでこんなに嬉しそうにしてくれるなら一瞬の恥など安いもんだ。

「開けていい?」
「勿論」

嬉しそうに破顔させたまま箱にかけられたリボンを解いていく。中身は色とりどりのマカロンとキャンディの盛り合わせだ。

「美味しそ……!山崎くんも一緒に食べよ!」
「先、食べなよ」
「うんっ」

どれにしようかと選びながら、結局ピンクのマカロンをチョイスしたらしく、個包装を外していく。

「んー、美味しいっ」
「それはよかった」

そう返すとなまえちゃんが急にこちらを向いて、軽く唇が奪われてしまった。ちゅ、と可愛らしいリップノイズを立ててそれは一瞬で離れてゆく。

「ねっ、美味しいでしょ?」

屈託なく笑いながらそう言った。ほんともう、そういうとこだよ。いつもならそれでやられっぱなしで、俺が顔を隠して下を向いて終わりだ。バレンタインのあの時もそうだった。その時はほっぺただったけど。

「そんなんじゃ味解んねェや」

顎に指先でこちらを向かせるようにすると、今度は俺からその唇を塞いだ。それから少しひらいた唇の間から舌を侵入させると、逃げられないよう後頭部に手を添える。一瞬の恥を今、それよりなまえちゃんの反応が見たい気持ちが上回った。

「ぅ……っ、ん、山崎く……」
「……っ、は……ん」

たしかに、マカロンの甘い味を感じた。それより、俺が離れてから目を見開いて顔を真っ赤にするなまえちゃんに頬が緩む。

「ほら、食べなって」

食べかけのままになっているピンクのマカロンを取り上げ、口元に押し付ける。そうされては口に入れない訳に行かず、なまえちゃんはそのまま残りを咀嚼する。やがて飲み込むとしばらく黙り込んで、やっと少しだけ非難するような顔で言う。

「今度はわたしが味わかんなくなった……っ!」
「……っはは、ごめんごめん」

何故か涙目の彼女へ謝罪を口にしながら、これは癖になるな、とひとり思う。なまえちゃんが可愛すぎるのがいけねえ。もしこの贈ったお菓子の意味を伝えたら、もっと良い反応をしてくれるのかな、と思うと更に口角が吊り上がるのを感じていた。



20190531

※キャンディー=君が好きです、マカロン=特別な人


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