※男主人公、名前変換なし
 




「なんて可愛いんだろう……」

あんなに愛らしい女のコを見たのは産まれて初めてだ。透き通るような白い肌と青く澄んだ瞳。夕焼けのような橙の髪に華奢な体躯。それから楽しそうに動き回る身軽さ。一瞬で俺の心を奪っていったその少女は、スナックお登勢(前に1度だけ行ったことがある。あそこのカラクリもなかなか可愛らしい)の2階、『万事屋銀ちゃん』という看板が掲げられた場所へと入っていった。ここに入っていったということは彼女は関係者か何かか。随分と幼い印象を受けたが、もしかしたらこの万事屋のご主人の、娘さんなのだろうか。
だとしたら、することはひとつしかあるまい。

「お父さん、娘さんを僕にください!!」
「だれがお父さんだァァァ!」

僕は万事屋銀ちゃんへと道場破りさながら単身乗り込み、社長と思しき銀髪の男の前で土下座をしたのだった。我ながら見事なジャパニーズ・ドゲザだと思ったのだけれど、そのまま頭を勢いよくシバかれてしまった。小気味よくいい音が鳴る。我が頭頂部ながら感心である。

「大体、そんなん言ったら俺があのハゲ親父に殺されんじゃねーか、勘弁してくれよ」

そうぼやく男の横には、彼女が座っていた。彼は父親ではないのか。ならば話は早い。

「こんな万年プー太郎がパピーなんて勘弁してほしいアル」

男の横で彼女が言う。歯に衣着せぬ物言い。なんて可愛いんだろう(10行ぶり2回目)。
僕はたまらず彼女の目の前で跪き、手を握った。

「君のその愛らしさに一目惚れしました。結婚を前提にお付き合いしたい。まずはお名前を──」
「……神楽アル」
「神楽さん。流石、お名前まで可憐なのですね。早速ですが明日辺り、デートでも」

はて、一気に捲し立てすぎてしまったかな。神楽、と名乗った彼女の目に、戸惑いの色が見える。

「戸惑い? 不快感だろ」

男が鼻をほじりながら気だるそうに呟く。

「満更でもなさそうな辺り、神楽ちゃんも女の子なんですよ。デートくらいしてみたら良いんじゃないですか?」
「お父さんは絶対認めません!」
「いや、アンタさっき誰がお父さんだとか言ってませんでしたっけ」

メガネをかけた少年と、男との会話。ここで神楽さんは普段、生活をしているのだろうか。男性ふたりと、彼女ひとりで暮らしているのであれば、それはとても羨ましいことこの上ない。

「私と結婚したいんなら、酢昆布幾らあっても足りないアル」
「酢昆布!? 神楽さんは酢昆布がお好きなんですね! ウチに腐るほどありますよ」
「……どういうことですか?」

メガネ少年が問う。
もう、運命だとしか思えない。何故ならば。

「ウチ、駄菓子屋ですから」
「……!」

僕がそう答えれば一瞬で神楽さんの目の色が変わる。なんて可愛いんだろう(29行ぶり3回目)。夜空を映したような青い瞳が一層輝き、まるでガラス玉のようだ。

「銀ちゃん! 私こいつの嫁になるヨ! きめたアル」
「そんなことで結婚決めんじゃねェ!」

酢昆布に釣られたのだとしてもそれでいい。毎日だってここへ持ってこよう。



20180530
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久々の短編がまさかの神楽ちゃん


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