お酒のちから



昨日はあれから預言者にキッチンの使い方がわからないとか、夕飯は一緒に食べるものだからとか………そういういくつもの理由を並べて一晩中引き留めた。
ネット通販の使い方を教えてもらい、試しに呼んでしばらく待つとチリンチリンとベルが鳴る。
扉を開けると郵便屋さんの格好をしたドラキーが荷物を配達してくれたのは可愛いしすごく便利だと思った。
今後はネット通販ではなく“ドラキー宅配便”と呼ぼう。

それから帰るのを諦めた預言者が「美味しいお酒も配達してもらおう」と大量にお酒を買ったのが間違い………ではなかった。
ただ、部屋が酒瓶だらけというくらい。
二日酔いの感覚はあまりない。


「ボトルが可愛いの多いし、残ってるお酒はバーみたいに並べてみようかな」


昨日のことなどすっかり忘れて、作業はお昼過ぎまで続いた。
あと少しで片付けが終わる頃、扉の方からトントンッと戸を叩く音が聞こえてようやく気付く。


(誰だろ。まさか本当にシルビアが来たんじゃ………?)

「ツカサちゃん、私よ。開けてもいいかしら?」

「(やっぱりー!!)あ、はい!少し汚いんですけど大丈夫です!」

「こんにちは、ツカサちゃん。あら、お部屋の片付けをしていたの?………私ったら気が利かなくてごめんなさいね」

「あ、いえ!お洒落なバー風にしてみたんです。どうですか?」


なかなか良い雰囲気に出来上がった室内を見渡して少し自慢気に言うと、彼は「素敵ね!」と褒めてくれた。
これはどうでもいい話ではあるのだけれど、お酒だらけの女の家って如何なものなのだろうかと思ったり思わなかったり。


「ツカサちゃんはお酒強いの?」

「いえ、人並みです。ずっと素面でいられるほど強くはないですよ。シルビアさんは強そうですね」

「ふふふ。まあ、弱くはないわね。酔っていてもこの辺りの敵に負けることはまずないわ」


(この辺りの敵………あ、そうだ)


昨日実感の湧かない“転職”を経験した私は、預言者が言っていた「そのうち悪魔の子の噂も広まるさ」という言葉がずっと記憶に残っていた。
1週間で本当に帰れれば問題はない。でも本当に1週間で帰れるのか?あの騒動に巻き込まれないのか?そんな保証はどこにもないのだろう。


「あの、シルビアさん。お願いがあるんですけど………」

「どうしたの?」

「私に、戦い方を教えてください」

「ダメよ、私強くないもの」

「そんなことないはずです。だって有名じゃないですかソルティエコは騎士の街だって!」


やっぱり昨日飲み過ぎたのがいけなかったのかもしれない。
私はこの時気付いていなかった。気にもしなかった。
そこまで気が回らなかったのは判断力や思考力が少なからず落ちていたからなのかもしれない。


「ねえ、ツカサちゃん」

「はい」

「私が騎士の街、ソルティエコ出身だなんて一言も言ってないわよ」

「………え?あ、ええ、そうですね?」

「この家から近い街は確かにソルティエコだわ。でも私は“旅芸人”としか自己紹介をしていないはず。
たまたま今ソルティエコにいるだけかもしれないのに、その言い方だと“ソルティエコの出身だから強い”という風に聞こえるわ。
それに………“シルビア”という名の有名な騎士はいない。何故“シルビア”がそこの出身だと思ったのかしら?」


確かにそうだ。
剣を持っているから〜、と誤魔化したところで護身用で持つ人はたくさんいるだろうし無理があるだろう。
きっと彼はまだ私からボロが出るんじゃないかとカマをかけようとしているに違いない。


(いや、寧ろ言ってしまえばいいのか)


どうせ1週間後には帰る身。(予定)
私がどういう人物かバラしたところで何の影響もないだろう。実際世界を守るとかそういうことを考えているわけでもない。
私は今モブキャラのようなものなのだから。


「そんなに警戒しないでください。決して怪しい者ではありません。
ただ、知っているだけなんです」

「知っている?」

「あなた、ソルティエコのゴリアテさんですよね?」

「………………」


そう言うと彼は黙ってしまった。
この沈黙がツラい。さて、どうしたものか。私の目的は彼の素性を明かすことではない。1週間後に帰れなかった時のために戦い方を教えてもらいたいだけ。


「それを知っているからといって、どうということはありませんよね!私はただーーー」

「どうということはあるわ!」

「え?」


無理矢理本題に入ろうとしたが、彼はそれを遮ってバァーン!と目の前のテーブルを叩いた。
木製のテーブルは大きめで重めかと思っていたが彼の力には敵わなかったようで、大きな音を立ててガタガタッ!!っと揺れる。


「え、ちょ、あのっ…………こ、壊れる!」

「ツカサちゃん!!」

「は、はいっ!?」

「私、昨日初めて“シルビア”と名乗ったの!そんなにもゴリアテ感が出ていたのかしら!?」

「………え、嘘じゃん。まじか」


正直に言えばラクなのかなと思ったのに、ちっともラクじゃなかった。
結局、綺麗な星空が見えるようになる深夜まで“ゴリアテ感”についてシルビアに付き合わされることとなってしまったのだから。


(ボトル全部並べたけど………長そうだし、今日はこのまま2人で飲むか)



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