まるで天使だった



眩しい太陽の日差しと小鳥のさえずりに目が覚めた私は、大きく欠伸をしてから重い瞼をゆっくり開けた。
窓から見える青空は快晴。
遠くまで広がる草原は今日も青々と生い茂り、心地好い風にその身を任せている。


「………………誘拐?」

「安心していい、そんなことはしていない」


声のする方を見れば、そこにはテーブルで優雅にお茶を飲んでいる預言者がいた。
誘拐の犯人はこの人かと思うと妙に納得をしてしまって、質問したいこともたくさんあるけれどまずは体を起こして周りをよく見渡す。


「(見たこと無い場所………完全に誘拐だなあ)
田舎町にしては景色が日本っぽくない気がするんですけど、ここは何県ですか?」

「いいところだろう?綺麗な海が見えるところがいいと思って、ソルティエコの近くに建てた。
随分昔に建てたんだが、部屋の中は思ったより綺麗にしてあったようだな。誰かがたまに使って………」

「ちょっ、ちょっと待って!そ、るてぃ………え、こ?
ねえ、今ソルティエコって言いました?」


あまりにも予想と違う返事に、自分の耳を疑った。
飛び出すように外へ出ると遠くには青い海が輝いているが、視線を少し下に落とすと大きな門が立っていてその奥に街が見える。


「ま、待ってよ………夢じゃん、どう考えても」

「夢でもいいだろう?」

「全然よくないでしょう!?」

「まあ、そう言うな。好きに渡り歩いていいんだ、謳歌しないと損だぞ」


そう言う無責任な預言者に文句の1つでも言ってやろうと思って一歩前へ踏み出すと、預言者は何かに気付いてサッと家の中に戻っていった。


「え、ちょっとどうしたの―――」

「あら?ここに住民はいないはずだけど………あなたは?」


家に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。
咄嗟に振り向くと、そこには綺麗な黒髪の上品な佇まいをした男性が立っている。その姿はどことなく神話に出てくるような女神のような神々しささえ感じた。


(うそっ、シルビア………!!)


「どうしたの?大丈夫?」

「え、ええ。すみません、まさか人が来ると思わなかったので………あの、あなたは?」

「私はゴ………いえ、シルビアよ。旅芸人をしているの」


明らかに言いかけた名前は本名だったように思える。それなのに彼は言い直して偽名を名乗った。
言い慣れていないのだろうか。聞いてる私としては、何となくしっくりこない。


「私はツカサ。シルビアさんはどうしてここへ?」


そう訊くと彼は、空き家だったこの家を隠れ家のように使っていたことを話してくれた。
思ったよりここを訪れていたようで、生活感があったことに納得する。


「まさか人が戻ってくると思わなかったのよ〜。だって、いつから人がいないのか誰も知らなかったんだもの。
勝手に使って悪いとは思ったのよ?でも持ち主が現れたら綺麗にして返すつもりだったの」

「あ、すみません。突然現れて………」

「あら、どうして謝るの。あなたの家なんでしょう?」

「いえ、私も知り合い(?)から少し借りただけなので」


へぇ〜と相槌を打つ彼に、よければお茶でも………と勧めると彼は「予定が変わったから大丈夫」と首を横に振った。


「ねえ、ツカサちゃん。迷惑でなければまた来てもいいかしら?」

「え?ええ、大丈夫………だと思います」

「ホント?じゃあ明日また来るわね!」


どんどん話を進めていく彼に圧倒されつつも、その嬉しそうな顔に負けて了承してしまった。
私の両手を握ってお礼を言う感じが、ついつい何でも許してあげたくなってしまう気がする。


(まあ、普通に考えたら見知らぬ男を家に上げるって危ないよね。知っているからいいけど)


今日はこれで帰るわね、と手を振って歩く後ろ姿の背中が大きい。
普通に大きい。
思っていたよりも、だ。
それなのに可愛く手を振るところがどことなく大型犬をイメージさせる。


「シルビア………まるで天使だったわ」

「惚れるだろう?」


ぽつりと呟いた独り言に家からひょっこり出てきた預言者が声をかけてきた。
惚れるだろう?の意味はわからないが、あんな美男子に魅了されない女はいないだろう。


「じゃあ、私はもう行くぞ。あとは好きにしろ」

「いや、それよそれ。それがよくわかんないわ。好きにしろの意図は?」


出ていきそうになった預言者を捕まえて訊けば、私の質問に疑問符を浮かべている。本当に意味がわからなくて疑問符は私の方なのに、どうしてこの人は悪びれもなく淡々としているのだろう。


「世界が救われるのはわかっている。そのうち悪魔の子の噂も広まるさ。
その時のために準備をしておけ」

「準備………って言われても平和の世界から来た私が準備することといえば心の準備だけよ」


今の話の流れだと、勇者一行に加われと言われているかのような話し方。
戦えない意思を告げれば預言者はため息をついた。
そのため息は私にとって心外でしかない。


「ちょっと、そのため息は何?こいつ戦えねーのか、参ったなあ………ってため息?勝手に現れて勝手に連れてきて、終いには“世界を好きに謳歌しろ”?あんた何様のつもりなの?
これは遊びなの?モンスターもいる世界を命かけて?命かけて遊ぶとかそんなの………」

「じゃあ、職業は遊び人でいいか?それならスキルパネルをーーー」

「女の遊び人なんて聞こえが悪いわ!!………それより私を帰して」


捲し立てるように詰め寄れば、職は何でもいいよ〜というような雑な対応をされる。こちらは命がかかっているのになんという態度。
預言者は何故私が怒っているのかわからないといった風に首をかしげている。


(むーかーつーくー!!
まさか私が預言者の正体知らないとでも思ってるのかな………いや、まさか)


「いいのか?」

「何がですか?」

「あの男、明日も来ると言っていたぞ」

「いなけりゃいないで、またここが彼の隠れ家になるだけよ」


キッパリそう言って帰る意思を伝える。
すると預言者は少し悲しそうな顔をして「そうか………」とだけ言った。その表情につられるような私ではない。今時の現代人はNOと言えるのだ。


「だが残念なことに、同じ日に何度も世界は渡れない」

「………と言うと?」

「とりあえず1週間は待ってくれ」

「いっ、1週間………!!」


しかし自力で帰れない私に“待たない”という選択肢はない。仕方なく待つことにした。
生活に必要なものは呼べば補充してくれるらしい。ネット通販のようなシステムでありがたい限りだ。
これで私がソルティエコまでわざわざ買い出しにいくということはなくなった。荷物を抱えてモンスターから逃げることを想像しただけでゾッとする。


「帰れるようになったら連絡するさ」

「黙っていればわからないだろう、とかやめてくださいね」

「ははははー」


完全に笑い声が棒だったのが気になる。
しかしもう連絡してくれるかどうかは預言者を信じるしかない。とりあえず今回は諦めよう。

こうして私のドラクエ生活が始まった。


「そうだ、職は“どうぐつかい”でどうだ?」

「“どうぐつかい”………現代っぽくていいですね」


ツカサは、“どうぐつかい”に転職した!
明日から特訓をしようと、気持ち新たに夕暮れを眺めて私はため息をついた。


(帰るまでの辛抱よね)







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女の遊び人なんて聞こえが悪いというのは男はokなの?となるかもしれませんが、個人的にはokだなあと思ってます。
男の遊び人のイメージが完全にペルソナ主人公だからかもしれません。(コミュニティ目当てなのかもしれないけど、ガンガン何股もかけていくとこが好き)
女は大和撫子系のおしとやかな感じに憧れる。

職は踊り子と迷いました。
でもDQ10でどうぐつかいが実装された時、現代っぽいなあと思った記憶があります。
とても便利な職でした。



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