「コトリバコ」


【箱の作り方】

コトリバコ本文中で全文載せると危ないらしく、スレ主があえて省いて書いている。


・複雑に木を組み合わせたサイコロ状のカラクリ箱を作る。

・その木箱の中を、雌の畜生の血で満たして1週間待つ。そして、血が乾ききらないうちに蓋をする。(畜生とは人間以外に生まれた生物のことを言うが、俗語として動物のような生き方をする人に対する呼称として使用する場合もあるため、どの意味で使用しているかは不明。)

・間引いた子供の体の一部を入れる。
生まれた直後の子は、ハラワタから絞った血、臍の緒と人差し指の先、第一間接辺りまで。
7つまでの子は、人差し指の先と、その子のハラワタから絞った血。
10までの子は、人差し指の先。

・そして蓋をする。

・それぞれの箱に、目印として印を書く。


閉じ込めた子供の数、歳の数で箱の名前が変わる
一人でイッポウ、二人でニホウ、三人でサンポウ、四人でシッポウ
五人でゴホウ、六人でロッポウ、七人でチッポウ。最初に作った箱は八人でハッカイ。
スレ主は名前の漢字はイッポウは「一封」ニホウは「二封」、ハッカイは「八開」といった具合なのではと予想。





【詳細】

コトリバコが作られたのは1860年代後半〜80年代前半頃。

コトリバコの舞台は島根県。
江戸時代、島根県は出雲国が松枝藩・母里藩・広瀬藩、隠岐国が天領(松江藩預かり地)、石見国が天領・浜田藩・津和野藩に分かれていて、それぞれ異なった呼び名の賤民身分(民衆よりも下位に置かれた身分。)を設けていた。場所は上記の隠岐国。コトリバコ文中で出雲弁を使っている描写があるので島根の東部で、そこから海を渡り北上すると隠岐の島がある。

下記の山は島根県東部の沿岸部の山である。
・釣鉾山
・平田山
・詰坂山
・神堀山
・経塚山
コトリバコ本文中でのSの出身地の山の可能性は十分にある。

隠岐は重い罪人が流刑(島流し)にされる配流地であった。ここは、後鳥羽上皇や後醍醐天皇などが流された場所でもある。コトリバコ本文中に配流地である隠岐は京都付近の政治犯が送られて来ていて、箱の作り方が京周辺にあるものなのかと言及している。

コトリバコの話が出回ったあとから全国でコトリバコに近い物の噂がネットを介して広がる。





【関連項目】

胞衣



【「コトリバコ」の大まかな話の流れ】
【コトリバコと関連しそうな話】※現在調査中
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