「西行(さいぎょう)」

元永元年(1118年)生〜建久元年(1190年)没

俵藤太こと藤原秀郷の子孫で 俗名は「佐藤義清(さとうのりきよ)」。
出家してからも西行のほか「円位」「大本房」「大宝房」など多くの名でよばれた。

出家前の彼は16歳で徳大寺に仕える武士となり18歳のころには巨額の任料を納めて左兵衛尉(さひょうこのえのじょう)に任官し 鳥羽院の武士となった。

和歌にも優れ 故実に通じた人物として知られていた。
彼が出家したのは23歳のときで周囲を驚かせたとされる。

西行にまつわる逸話は『古今著聞集』『古事談』『沙石集』『源平盛衰記』などにおびただしい数が収録されている。

彼の活躍で有名なものとしては『雨月物語』にも収録されている崇徳上皇の霊を慰め 成仏させたというもの。

関連項目
俵藤太
崇徳上皇

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