▼平安パロ
長いので注意







都の外れに鬼が住むという。
そんな噂を聞くようになったのは数ヶ月前。
ある人が言うには酷く醜い形相。またある人が言うには大柄な体つきに黒い肌。また違う人が言うには白い肌に白い髪。
その内、この都に入り込み人を喰ってしまうのではないか。
恐ろしい恐ろしいと眉を下げ肩を震わす人々。
対して退治してやろう、と大口を叩き威張る男たち。
まったく、あほらしいにも程がある。
ぼぅ、と雨の降る濁った景色を見ながら憂鬱気分を満喫していた。
烏帽子をそこら辺に転がし仰向けになった。
畳に散らばったはずの髪が湿気のせいで肌に張り付いてきたけれどそれを退かす動作さえも億劫だ。


「めんどくさ…」


朝告げられた自分の仕事内容を思い出せば、ますます気力が消えていった。
















都の外れに鬼が住むという。
その噂に対してあまりに都中が騒ぎ人々が脅えているのでちょっと行って様子を見てこい、と軽く言われ、思わずはあぁ?と嫌な顔をした。そしたら土方さんに殴られた。げんこつで。
最悪。絶対面倒だからって僕に押し付けたんだきっとそうだ絶対そうだ。
ムカついたから句集隠してやったけど。
都の外れから歩いて歩いて山に入るか知らない所に居るらしい。そんなに遠いのにどうしたらあんなあほらしい噂が流れるんだ。
土地勘がないから知らないけれど、確か池があるとかないとか。
で、早速明朝出立しろとのご命令。
妖の類いなのか悪霊なのか。それともやっぱり鬼と呼ばれるものなのか。


「………行きたくないなぁ」


そんな本音は雨音に掻き消されてしまった。




















「快晴だな」

「…ソウデスネ」


空はカラカラ地面はグショグショ。
やたらに張り切って僕を起こしに来たのは言うまでもない他人任せの土方さん。空がまだ薄く白いっていうのに気持ち悪い似合わないくらいの笑顔を添えているものだから眼が痛い。いろんな意味で。ついでに言うと早起きしすぎて頭も痛いんだけど…。


「じゃ、今日中に戻ってこれるか永遠に戻ってこられないか知らねえけど気張って行ってこい」


行ってきます。なんて言う気になれない見送りの言葉。
……楽しんでる、絶対。
あの無駄に長い髪を切ってやりたい。よし、帰ってきたら毟ってやる。……帰ってこれたら。

人目につく前に行かなければ、という訳で足早にとりあえず都の境を目指し進むことにした。
見るだけ見て、噂なら噂だったと言ってしまえば終わりなんだ。
そう意気込み普段使わない筋肉にも鞭打って歩き続けた。









「遠かった…」


低かった太陽は既に頭の上にあった。
休まずに歩き続けた甲斐あってか思ったよりも目的地に近付くことができた。
まぁ目的地が定かな訳ではないんだけどね。
これはもう勘とか直感に頼るしかない。
星読みは星が出ないとわからないし、なにより苦手だから頼りにできない。


「あっちから来てくれないかなぁ…鬼ってやつ」


それは勿論誰にも届かない言葉だった。












西日が肌を温める。
夜風が出る前に休める場所を探さないといけない。
夜になると霊がどこからでも湧いてくる。
払うことはできるが面倒だし、あまり好きではない。だから、とまわりを見渡しても木、木、木…もう止めよう、虚しくなるだけだ。
人どころか動物の姿も無く鳴き声しか聞こえない。


『お、人間だ』
『ほんとだ。陰陽師か?』
『喰われる前に喰っちまおうか!』


誰が喰うか!
どこからともなく聞こえた声。
足も頭も疲れて声を出す余裕はなかったが、心の中で叫ぶのがせめてもの抵抗だった。情けないとは思いたくない。何故かって?意地だとでも思っておいてもらいたい。


「何で僕がこんなに疲れなくちゃいけない訳?昨日雨だったから土は抜かるんでるし空気はじめってるし」

「あ、あのぅ…」

「それもこれも全部土方さんのせいだ。あーあー今頃また下手な句でも書いてるんだろうなぁ!」

「そこのお方…」

「だいたいあんな噂、やっぱり嘘っぱちじゃん」

「聞こえてま「…あ〜もう!聞こえてるよ!妖ならお断り……」



……ん?んんん?
後ろに振り向くと女の子が居た。いや、こんな人里離れたところに?ああ、幽霊か。なんだそっか。でも、幽霊って足、無いよなぁ。あ、あったかい。そっか、やっぱ人か。人…?


「はなひてくらふぁい〜!」


あったかい。頬っぺたにはちゃんとした温度があって、それを伸ばしてみたら嫌がって。
若干涙目だしなに言ってんのかわかんないけど。
手を離し、改めて少女と向き合う。子供…の歳ではなさそうだ。たぶん僕より少し年下、だろう。
髪は黒く肌は白い。そして眼は月の色。濃い月の色。それと似た単衣物の着物を身に纏っていた。
見た目だけを観察した後、まず聞かなくてはいけないことがひとつ。


「どうしてこんなところに居るの?」


そう聞けば少女はきょとんとして、


「家が近くにあるんです」


と答えた。
こんな場所に?おかしい。少女は近くに咲いていた花を根元付近で摘み、くるくると鮮やかなそれを回す。


「きみは、鬼?」


くるくる
くるくる
ぽたりと葉から水がふたりの間に落ちた。跳ね返ったのは、泥水。
少女は笑う。厭らしくないきれいな表情で。

いつの間にか、妖たちの声が消えていた。









「へぇ、こんな立派な建物があったなんて」


夜は危ないですからよろしければ、と少女に案内されて着いたところは、今までの薄暗い景色が嘘のように明るく綺麗な景色の中心に屋敷が建っていた。
相変わらず人気はないが。妙なことに不穏な気配どころか妖の気配も感じない。


「ひとりでここに?」

「はい」

「ふぅん…」


親がいないのか捨て子か。
鬼かと聞いたことに対して「なんの話ですか?」と逆に問われた。完全に疑いを晴らした訳じゃあない。が、自分がここに向かわされた全ての元凶とひとつ屋根の下、なんて展開など考えたくなかった。


「貴方は…陰陽師ですか?」

「…一応ね」

「一応?」

「やる気がないんだよ」


どうせなら治安維持の為、とかなんとか言って悪人共を斬ってやりたかった。
しかし、人間相手どころか妖がその相手となってしまった。
幼い頃から"見えてしまう"というだけで気味悪がられ、挙げ句の果てに、親は僕を捨てた。近藤さんのところに転がり込んだのもその頃で、たまたま居た土方さんに教えてもらった陰陽師としての知識を活かすこの道にきてしまった。
「今なら探せるだろう」
星のよく見える日に土方さんにそう言われたことを、昨日のことのように覚えている。その時程、星を憎んだことはない。
だから、苦手なんだ。


「あの…」


急に黙った僕を心配したのか、大丈夫ですか?と僕の髪を撫でる少女。


「総司、」

「え?」

「僕の名前。名前で呼んでいいよ」

「そうじ、さん」

「うん。きみの名前は?」

「わたし、は……」


ちづる。
呼んでみると、久しぶりに自分の名前を口にしましたと言ってはにかんだ。
次の言葉が浮かばなかった。












都よりも大きく見える月。真っ白になったり黄色くなったり、赤くなったり。
照らす色は様々で、人間や妖、仏すらも見下しているようにも思えて。怖い。
まぁこんな新月の夜には光と言っても頼りない散らばる星屑たちだけ。
それでも視界には困らない。夜目は利く方だから。


ぱしゃり


水音が響く。聞くだけでも水の量は多いことはわかった。この近くにそんなにも水がある場所なんてあっただろうか。先日の雨で溜まった訳でもないだろう。

そういえば、池があるとか言ってた。…気がする。

ぱしゃり
ぱしゃり

水音を頼りに目を凝らす。暫く歩き、突然ざっと視界が晴れた。
目を細めて確かめる。確かに池は存在していた。
夜では深いのかも浅いのかもわからない。
なるべく近づかないように慎重に歩く。と、目が慣れてきてある存在に気づく。





真っ白な髪。
静かな月の色をした眼。
そして、額にあるなかったはずの…二本の角。
鬼。その認識と同時にちづるだと確信した。

ゆらりと後ろを振り向き、池に浸していた指の先から水滴を散らした。
それは、赤く見えた。


「……殺し、ますか?」


沈黙。
僕が何も言えずにいると、関を切ったようにだんだん息を荒げながら、発する。


「人など殺していないのにどうして鬼などと呼ばれ、恐れられなければならないんですか」
「見られた訳でも、関わった訳でもないのに…。興味本位で近づいてきたのは、人なのに。どうして…っ、どうしてどうしてどうして私が何をしたんですか…」
「違うだけで蔑まれ殴られ捨てられ。挙げ句には妖怪扱い。人ではないかもしれないけれど、妖怪でも鬼でもありません…っ。私は、ただ、ただ……っ!」


そこまで言うと、深く深く空気を吸った。肺と自分を満たすかのように。
先程とは打って変わって、落ち着いた冷たい声音になった。


「…わたしを殺しますか?陰陽師…」


声が出なかった。いや、出せなかった。
恐怖の他に、こんなに美しいものが存在したのかと、感動していた。


「新月の裏側は、満月なんだと、思いませんか?」

「……どういう意味?」

「表も裏も、見えるものは違えど所詮同じだと、そうは思いませんか?」


池に映らないはずの月は、真っ白だった。
怪の声が聞こえない。
それはちづるの存在を畏れてだ。人間も同じ。
がんじがらめになって自分を閉ざして、でも認めてくれる存在が欲しい。

ああ、僕じゃないか。

少し前の自分。悲しくて、寂しくて、憎くて。
否定すればいいんだと、そう思っていた。
どうしようもなくちづるが愛しい。
白い髪も光る眼も鬼と証明するような角も。
すべて、知りたい。


「…わたしを殺しますか?陰陽師…」


数回目の、問える言葉。
さっきは返す何も言葉が思い浮かばなかったのに、今はちがう。はっきりとした答えができた。


「いやだ」


そう、いやなんだ。
今向かい合っている笑顔が昼間見たあの笑顔じゃないなんていやだ。
なにも信じていない眼をしているのに。
僕に声をかけてくれたあのやわらかい声じゃなくて、冷たく震えているのがいやだ。
僕はちづるに鬼かと聞いたのに、どうしてあんな風にやさしく接してくれたんだろう。髪を撫でて、心配してくれた、女の子。
こうして見ると、今にも崩れて消えてしまいそうだ。
いやなんだ。ちづるが居なくなるのが。

びっくりしているちづるを池から引っ張り上げた。
足も浸けていたらしく、足元の土が水を含み濃くなった。


「……いやって……なんですか、それ…」

「正直な気持ち」

「そう…ですか…」


そうだよ。そうですか…、ともう一度繰り返し口にした。ちづるの頬をはらはら涙が伝う。思い切り泣けばいいんだ。あの日、僕がそうしたように。

久しぶりに泣きました。

暫くして、嗚咽の中でそう聞こえた。


池に浮かぶ白い月は揺れて消えた。



















都の外れに鬼が住むという。
それはとても優しく、可愛らしい少女であった。
それを知る男は、今日も少女に会いに行く。

今夜は満月だと、月見をしよう。そのときの話の肴を考えながら。











20100725

これ書きはじめたの、一ヶ月前なんだぜ?(でっていう)





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