大きな背中を丸めて真剣に読書をしている新八さんを見かけるようになったのは数ヶ月前から。

今日は自室の真ん中で太陽を背に受ける向きで胡座をかき、横に書物を積み上げ黙々と読み続けている。
読書の場所は日に日に変わる。
天気の良い日は日向に出ていたり、陰に入っていたり。
雨の日は少しでも明るい場所を探してか、小さな窓の脇。

首を回すとぱきっ、ごきっ、とよく響く骨の音が耳まで届いた。
こってしまったのか肩をトントン叩いたり身体を伸ばしたり関節を鳴らしていた。それでも、休憩はそれだけらしい。


「あー…もう昼かよ」


久しぶりに出した声は渇いていた。
眩しそうに外を見て固まった身体を解しながら、ゆっくり立ち上がった。


「そろそろ時間だな」
「そうですね」


桜の季節がすっかり過ぎた木の枝で羽を休めている小鳥たちが、だんだんと近づく賑やかな足音と声に驚いたのか、一斉に羽ばたき、ばらばらに飛んでいってしまった。
方向を違えた数羽が群れの近くへ飛んでいく。


「永倉せんせー!こんにちはっ」
「おう、来たか」
「来た来たー!」
「そんな走ってこなくても時間ならまだあるだろ」
「早く来たかったんだよ」


子供達が肩にかけた背丈に合った竹刀を構えてみせた。
今日は子供達。昨日は大人達。その前は青年達。
時代が移ろうが根付いたものはそう簡単に消えるものではない。
人が集まる道場。世の中から刀が必要でなくなろうとも剣術、剣道はきっといつの世になってもあり続けているはず。

知識と体力。

このふたつはあって損するものではない。
"先生"として導く側に就いた新八さんは毎日とても楽しそう。


「では、わたしは表でも掃いてきますね」


よいしょ、と心の中で意気込んで立ち上がろうとすると、子供達の声に混じってとびきり大声を出したのは新八さん。
わたしに駆け寄り身体を支えようとした手を引っ込めたり伸ばしてきたりとあたふた。
最近になってそれは慎重すぎるものになってきた。


「これくらい大丈夫ですよ」
「大丈夫って……。いいから千鶴ちゃんはここに座っていてくれ!」
「でも………」
「無理したら駄目!それに永倉先生に任せたらいいって!」
「えっと、その…」
「はい、座る!」
「うぅ……」


少しくらい運動した方がいいって、饅頭屋の女将さんも言ってたのになぁ。
なんて思いながらもわたし以上に慌てている新八さんや気遣ってくれる子供達に嬉しくなる。



(ドンッ)



「(あ、今……)」


蹴った。

腹部を撫でるとそれに反応するかのようにもう二、三回蹴ってきた。幸せな痛みをくれる本人にも語りかけるように、話した。


「きっとこの子は新八さん似ですね」
「へっ!?な、ななっんだよ急に!」
「なんとなくですよ」
「………俺に似るなら男がいいな」
「何故ですか?」
「そりゃ俺にそっくりな女の子なんて可哀相じゃねえか!」
「(そんな自信満々に…)」
「それに、」
「?」


にんまりと笑って一番小さな男の子を肩に乗せて手に持っていた本をそっとわたしの隣に置いた。


「女の子なら可愛い嫁さんに似てもらいてぇもんだろ?」
「!!」


いつの間にか戻ってきた小鳥たちが短く鳴いた。

部屋の中心にきっちり積まれた本が、ひとつだけ落ちた。





20100527

うっひゃあ、誰だこれ。





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